1969年、ひとつの腕時計が世界を変えた。日差±0.2秒という超高精度を誇る世界初のクオーツ式腕時計『クオーツ アストロン』が、“クオーツショック”を与え、腕時計市場に革命を巻き起こしたのだ。あれから40余年。甦った『アストロン』が、再び第2の革命を起こそうとしている。

「それは、腕時計業界の“夢”でした」

 世界初のGPSソーラー腕時計『セイコー アストロン』の商品企画に携わったセイコー第一企画部の古城滋人(こじょう しげと)は、感慨深そうにいった。

 上空約2万kmにあるGPS衛星のうちの4基以上の信号を受信できる『セイコー アストロン』は、たとえ砂漠の真ん中でも、あるいは大海原に浮かぶ船の上であっても、正確な時間を表示できる。

 古城がこの“夢の腕時計”の開発チームに加わったのは、2010年のことだった。ある日、上司からそっとこう耳打ちされた。

「今度、極秘プロジェクトの会議がある。商品企画チームの一員として君が出席してくれ。ただし誰にも気づかれないように。会議の内容は、社外はもちろん、社内でも一切他言無用だ」

 会議には、上層部のほか、開発、マーケティングの担当者、そして製造会社のセイコーエプソンの技術者も参加していた。席上、セイコーエプソンがGPS受信機を搭載した新しいソーラー腕時計を開発中であること、そしてセイコーウオッチ内にその商品化に向けたプロジェクトチームを発足させることが発表された。

 セイコーウオッチは、世界でも数少ない「マニュファクチュール(主要パーツを、系列会社を含めた自社で開発、製造するメーカー)」として知られる。クオーツ、GPS分野におけるセイコーエプソンの技術力と、“マニュファクチュール”であるセイコーウオッチの商品企画力という、二人三脚のプロジェクトがスタートした。

 頭を悩ませたのは省電力化だった。GPSモジュールを駆動させるために必要な電力は、クオーツ式腕時計の約1万倍。既存パーツは使えず、すべてゼロから開発しなければならない。GPSアンテナの形状やソーラーパネルのサイズ、搭載位置も徹底的に見直された。いくつも試作品が作られ、そのたびに極秘会議が開かれた。

「会議に出るたびに試作品がどんどん小さくなっていくんです。驚きました」

 会議は“極秘”が貫かれた。会議でのメモやデザイナーとのやりとりで描かれたデッサンなどは、社外流出を防ぐため会議後断裁する、という徹底ぶりだった。

 2012年春、ついに“夢の腕時計”がその姿を現わした。GPSモジュールの省電力化を成し遂げ、アンテナをリング状にして文字盤の外周に配置することで、直径47mm、厚さ16.5mmというサイズに納まっていた。

「世界初のGPSソーラー腕時計」の発表は、まず東京で、次いでこの年3月にスイス・バーゼルで開かれた世界最大の時計・宝飾見本市「バーゼルワールド2012」で行なわれた。デビューに際して冠された商品名は、『セイコー アストロン』。そこには、あの『クオーツ アストロン』のように時計史に残る「第2の革命」を起こしたい、という願いが込められていた。

 2012年9月に世界同時発売されるや、15万円以上という価格にもかかわらず、発売後3か月間で半年間の販売目標を達成。今では安倍晋三首相や岸田文雄外相などの政治家、そしてプロ野球・侍ジャパンの小久保裕紀監督らが愛用している。

「グローバルに活躍なさっている方のほか、“世界初”や日本の最先端技術に興味がある、という方にもご購入いただいています。これまで時計に興味のなかった方にファン層を広げたという意味では、時計史に新たな歴史を刻めたのではないでしょうか」

(文中敬称略)

■取材・構成/中沢雄二

※週刊ポスト2014年1月24 日号