今季前半戦のW杯で表彰台に上がり、12月末の五輪代表選考会を前に500mでの代表内定を決めていた小平奈緒。彼女のソチ五輪への挑戦は、500mで12位と惨敗し、1000mと1500mで5位になった2010年バンクーバー五輪が終わった時からすでに始まっていた――。

 それは、個人種目での納得のいかない結果に、田畑真紀や穂積雅子と組んで獲得した女子チームパシュートで獲得した銀メダルの喜びも半減していたからだ。最後の種目が終わった瞬間「ソチために明日から何をやろうか」と考えていたという。

 2005年に小平が信州大学に入学した時から指導をしている結城匡啓(ゆうき まさひろ)コーチは、バンクーバー五輪までの道のりをこう振り返る。

「(小平が)大学4年の時に、脛骨と腓骨を結ぶ靱帯を痛める大怪我をしたんです。それがバンクーバーの15カ月前でした。そして、ケガの影響から乱れてしまう動きと、調子が悪いときの乱れ方が同じことに気がつき、『古傷があるのではないか?』と思って確認をすると、中3の時にかなり重症の左足首捻挫を経験していたことがわかりました。だからそこを徹底的に強くすることで何とか間に合ったのがバンクーバーでした」

 だが結城コーチはバンクーバー五輪の滑りを見て、心の中に「上半身を鍛えきれなかった」という思いが残った。1500mを滑るにはちょうどいい体型だが、500mと1000mで勝負するならば、もう少し体重をつけてどっしりとさせた方がいいと感じていたのだ。

 五輪後の10年の夏場はパシュート銀メダル獲得の表彰などで忙しくなってしまい、練習をあまり積めなかったが、トレーニングに対する意識を変えさせるためにレスリングの吉田沙保里などを訪ねたりした。

「2年目からは上半身を含めた体力アップを意識して夏場はがんがんウエイトトレーニングをやらせました。それに加えて、9月以降のコンディショニングでは今まで試していないパターンのものを、リスクの高い順にやってみたんです」

 試してみたかったのは、夏場のトレーニングから一転、調整期に外国人選手のようにウエイトトレーニングをあまり入れないようにすることと、低酸素トレーニングが合うかどうかだった。しかし、いざやってみると両方とも小平にはあまり合わなかったという。

 開幕戦である10月末の全日本距離別こそ夏場のトレーニングの貯金で好成績を残したが、その後のシーズンでは筋力を落とすとパフォーマンスに影響があると分かった。その結果、これまで通りにウエイトトレーニングを軸にして筋力を落とさずいくという方針が定まったのだ。

「バンクーバー後は本人もだいぶ感覚をつかんできたので、いろんなことを相談しながらやるようになりました。ウエイトトレーニングを落とした時は『先生、ウエイトトレーニングをやった方がいいと思います』と意見を出してきたり。それで11〜12年シーズンが終わった時には、『男子並みのトレーニングをしたい』と言ってきたんです」

 5月からは、トレーニングパートナーでもあった山中大地(現・電算。ソチ五輪1000m代表)より、5kgくらい軽いだけの負荷をかけたウエイトトレーニングに取り組み始めた。最初のうちはケガ寸前の状況にもしばしば陥ったという。それでも適切な処置で"ひどい筋肉痛"くらいに収め、3日後にはまた出来るようになっていた。

「その重量を、外国勢のライバルであるクリスティン・ネスビット(カナダ)やヘイザー・リチャードソン(アメリカ)が、やっているだろうという想定でやったんです。それもまだ12年だったからこそ出来る、ということだったんですね」

 ベンチプレスを例にとってみれば、学生時代は40kgをあげるのが精一杯だったのが、12年の夏は60kgを10回連続で出来るようになった。さらに昨年は65kgを10回と進化しているという。

 その効果がでてきたのが、12年10月末の全日本距離別選手権の500mだった。

 スタートからの動きは以前より遅く見えたが、100mの通過タイムは前年10秒6台だったものが10秒54を出すまでになっていた。そして前年は38秒28だったゴールタイムも、国内最高記録の38秒05が出た。さらに12月のW杯長野大会初日には100mを10秒51で通過し、37秒96で2位に入った。

 結城コーチは「あれはスタートからの一歩一歩の力が、すごく氷に伝わるようになった成果です。彼女の場合はグググッと加速して行き、100mを過ぎてからもさらに伸び続けてゴールするというのが持ち味だから、その中で今後、100m通過が10秒5前半とか、10秒4、10秒3になってくればいいと思いますね」と話す。

「昨季はそんな感じだったから、シーズン後半戦に結びついてくるという感覚があったんです。でも1月の世界スプリントの第2カーブの出口のところで転倒してしまって......。あの時の300m通過は確実に日本記録を上回るもので、滑りというよりスケート靴がスピードに耐えきれなくて転倒したんです。その精神的ダメージが後遺症としてシーズンの最後まで響いてしまった感じでしたね」

 五輪シーズンの今季は、昨季よりもパワーアップさせるとともに、体重自体も3kgほど増加させてシーズンインした。そのくらいでいけばシーズンが深まるにつれて自然と体重が落ち、2月にはベストの状態になるという考えからだ。

 それでも10月16日の長野エムウエーブの記録会では、製氷の状態が試合の時ほど完璧ではない状態のなかで、100mを10秒52で通過すると37秒87の国内最高記録で500mを滑った。

 その1週間後の全日本距離別では疲労もあって記録更新こそならなかったが、37秒台を連発。さらに1000mでは1分15秒91の国内最高記録をマークして進化の証を見せたのだ。

「スケートの場合は下半身が重要だけど、その強さを発揮するためには上半身が安定してなければいけない。その意味では下半身と上半身という風に分けるのではなく、全身でひとつの蹴りを作るというような感覚が彼女の中に出来ていると思います。左足で氷を押す時には、右側の体幹や背中がグーッと伸びるという連動性が彼女の中で芽生えてきている。それはトレーニングの時から同じ感覚で、これまでウエイト、上半身、スケートと分けているような意識だったものが、今は全部一緒になっていると思うんです」

 何かを吸収したいという小平の貪欲さは年々高まっているという。いろいろなことに興味を持って試してきたことが、ソチ五輪シーズンになってタイミングよくまとまってきている。それも競技者として彼女が持つ、体内時計のようなものではないかと結城は言うのだ。

 世界の500mの状況を見れば、バンクーバー五輪優勝者の李相花(イ・サンファ/韓国)が、今シーズンも高速トラックのカルガリーとソルトレークシティで世界記録を連発してW杯2連勝。タイムも36秒36まで伸ばしている。

 それに対して小平は、ソルトレークシティの初日に37秒24の日本記録を出したものの、4戦を終えた現在のW杯総合ランキングは6位。これは、北米、日本、カザフスタン、ドイツという遠征疲れに加えて、全戦で500m、1000m、1500mの3種目に出場しているハンディがある中での結果だ。

 それだけに、1500mで代表入りを逃し、ソチ五輪では2種目のみの出場になったことを逆手に、メダル獲得へのプラス材料にしようとしている。

 そして1月18日と19日、小平の五輪前最後の試合である世界スプリント選手権が、長野市のエムウエーブで行なわれる。2日間で500mと1000mを2回ずつ滑って、その総合ポイントで争う大会だが、これまでの海外での開催と違い、地元の長野でじっくりと調整出来ることは彼女にとって追い風と言える。

「500mは李がダントツだけど、まずは彼女を追う第2グループから抜け出すことを目標にしたい」という小平が、500mでどのような滑りを見せてくれるか。さらには今季W杯では6位が最高と苦戦している1000mでも、ソチに向けてメダルの可能性を感じさせる滑りを見せてくれるのか、注目したい。

折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi