『レンズが撮らえた 明治・幕末期の富士山』(小山健志、高橋則夫監修、山川出版社)

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世界遺産に登録され、外国人観光客の増加も見込まれる富士山。ところで、外国人で最初に富士山に登頂したのが誰だかご存知だろうか。

それは、初代英国駐日公使として日本史の教科書にも登場するラザフォード・オールコックだ。1860年に幕府の反対を押して富士登山を敢行、無事成功した祝いに山頂で英国旗を掲げ、仲間たちとシャンパンを交わした。

日本人なら誰でも知っている山だが、意外な歴史も

以降、外国人の富士登山はこれに準じて行われ、スイスやアメリカ、オランダといった各国の外交官らがこぞって山頂を目指した。明治・幕末期から、富士山はその秀麗な姿で、日本にやってきた外国人たちを魅了してきたわけだ。のちの英国駐日公使となるアーネスト・サトウも、通訳生として着任した1862年、横浜入港前の様子をこう記している。

「江戸湾を遡行する途中、これにまさる風景は世界のどこにもあるまいと思った。(中略)それらを見おろすように、富士山の円錐峰が、残雪をわずかに見せながら1万2000フィート以上の高空にそびえていた」

このように外国人らも憧れた当時の富士山の姿を、幕末維新に伝わったカメラが「撮らえ」ていた。古写真として現在まで残るそれらを一冊にまとめたのが、『レンズが撮らえた 明治・幕末期の富士山』(小山健志、高橋則夫監修、山川出版社)だ。全国各地から収集した写真を中心に、気象観測、登頂の歴史、神話と伝承、着色写真、背景としての富士山といった切り口から総編集した「初の写真集」という。

明治・幕末期と銘打ってはいるが、大正・昭和までもを取り扱う。中には、東京空爆へ向けて富士山を目印に飛ぶB29爆撃機や、米潜水艦の潜望鏡カメラが捉えた富士山――といったハッとするような写真も。専門家による論考も掲載されており、読み物としても面白い。

古くから歌集・日記・紀行文、そして水墨画・浮世絵などの絵画の題材や、信仰の対象ともなり日本人なら誰でも知っている富士山だが、意外と見過ごされがちな歴史がそこにはある。いまいちど、写真とともに富士山が「どう見られてきたか」を紐解いてみては。