ずいぶんと、日に焼けたな――。

 それが、2014年最初に錦織圭を見た時、真っ先に思ったことだった。日に焼けて精悍さを増した相貌(そうぼう)は、先週、ブリスベン国際で繰り広げられた気温40度越えの中での熱戦の跡か。あるいは、カリフォルニアとフロリダの日差しを浴びて追い込んできた、充実のオフシーズンを反映するものか。いずれにしても、選ばれし者のみが踏み込める領域を目指して再スタートを切った、彼の覚悟の証のようにも感じられた。

 シーズン開幕戦であるブリスベン国際でベスト4の好成績を収めた錦織は、メルボルンからほど近い街・クーヨンで行なわれた「AAMIクラシック」を、1月13日(現地時間)に開幕する全豪オープンへの最後の調整の場として選んだ。この大会はエキシビションではあるものの、参戦者の顔ぶれは世界ランキング2位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)を筆頭に、4位のアンディ・マリー(イギリス)、7位のトマス・ベルディッチ(チェコ)、9位のリシャール・ガスケ(フランス)と実に豪華。来たる本番に向け、トップ選手たちが同大会をいかに重要視しているか、うかがうことができる。

 そのようなハイレベルな大会で3試合を戦った錦織は、2勝1敗の成績で優勝の栄誉に輝いた。本来の決勝進出者が欠場したための繰り上がりファイナルではあったものの、そのチャンスを生かし、2日前に敗れたベルディッチを6―4、7―5で下しての戴冠である。前回の対戦時はサーブの入りが悪く、特にセカンドサーブをことごとく叩かれたが、決勝では完全に立て直した。

 敗れたベルディッチは、「ケイは前回と戦術を変えてきた。前回は、僕がバックハンドで多くのリターンウイナーを決めたが、今日の試合ではほとんどバックで打たせてもらえなかった。それから彼は、リターンのポジションを下げていたように思う。だから今日は、サーブで簡単にポイントを奪えなかった」と振り返った。一方の錦織は、「今日は攻撃的に行こうと思っていた。サービスが良く、特に第2セットは相手にブレークを許さなかった。前回はリターンで攻められたので、今日はサーブのコースを散らそうと思っていた」と、満足そうな表情を見せた。「今日は理想のプレイに近い出来。良い状態で全豪に入れる」と、優勝という結果以上に、思い描いたプレイを実践できたことに大きな自信を得た様子だ。

 そのプレイ面の充実に加え、ブリスベン国際とAAMIクラシックで得た収穫は、自身の肉体への手応えだろう。クーヨンで錦織を見た時、日に焼けた姿の次に目を惹かれたのが、サポーターの巻かれていない「ひざ」である。思えば、ひざは昨年のこの時期に痛みを抱え、その後1年を通して錦織を苦しめてきたものだ。そのひざからサポーターが消えたことは、間違いなく良い兆候である。

 もうひとつ、ケガと言えば、腹筋も2年前から引きずった不安材料であった。しかしクーヨンでは、腹筋にテーピングが貼られることもなかった。「ひざや腹筋は問題ないです」という言葉にウソはなさそうであり、錦織をサポートするスタッフたちも、「仕上がりは昨年のこの時期に比べれば、はるかに良い」と太鼓判を押す。錦織はこの2週間で、炎天下のブリスベンで3試合、そしてクーヨンで3試合を戦っている。それらを終えても錦織は、「フィジカル的には問題ない。これから(全豪では)5セットの試合も出てくるが、身体は強くなっていると思います」と、さらりと言ってみせた。

 それら、確たる自信と結果を得て挑む2014年の全豪オープン。その目標を錦織は、「ベスト8以上」と公言する。ベスト8に達するには4回戦を突破しなくてはならないが、そこで待ち受ける相手は、おそらく世界1位のラファエル・ナダル(スペイン)。錦織が過去5戦して、一度も勝っていない相手である。

 奇しくも3日前、「これまで対戦した相手で最も強い選手は?」と聞かれた錦織は、「トップ4の選手はもちろん全員だが、ナダル......特にクレーでのナダルは強い。昨年の全仏で対戦した時、何もさせてもらえなかった」と述べている。全豪のドローが発表された時、はたして錦織は、そのナダルの名を目で追ったのだろうか?

「ドローが出た時、どの程度先まで対戦相手を確認したのか?」

 そのようなこちらの問いに対し、錦織は、「初戦の相手しか見ていません」と応じると、少し間を置き、ニヤリと笑った。不敵にも、あるいは照れ隠しにも見えるその笑みの真意は測りかねるが、こちらの目には、どこか頼もしく映った。

 また、「グランドスラムでベスト8以上」と並び、錦織が口にした今季の目標が「トップ10」である。これらは、昨年の同時期に挙げた目標と同じだが、その言葉に含まれる意味の違いは明らかだ。

 1年前の彼は、その領域に肉薄することが何を意味するのか、どのような変化が彼にもたらされるのか、事の大きさをすべては知らなかったはずだ。知らなかったからこそ、口に出来た言葉であった。

 しかし、実際にその目標地点が目の前にちらつき始めた昨年の6〜7月ごろ、彼は「トップ10」という言葉を避けるようになる。ウィンブルドンで口にした、「1回(トップ10に)入るだけでは意味がない。その地位に定着する力を確立するのが目標」といった言葉は本心だろうが、そう自身に言い聞かせる姿は、逆に、彼がいかに「10」という数字に縛られていたかを浮き彫りにもする。「数字的には近づいているけれど、まだ遠いと感じている」「12位というのは正直びっくり。自分の力は20位くらいだと感じている」、そう口にしたのも同じ時期だ。その後は、全米オープン初戦敗退など苦しい日々を経験し、「活気が湧いてこない」との言葉も残した。「あんな状態になったのは、テニスをやっていて初めて」。後に彼は、そのようにも告白している。

 その錦織が、今再び、トップ10を明言した。

 元世界2位のマイケル・チャンをチームに加えたことは、彼の覚悟が最も端的に表れた事例だろう。「マイケルは経験が豊富だし、トップ10に長くいた選手。僕の目標は、今年中か、あるいは近い将来にトップ10に行くことなので、彼のような伝説的な選手から多くを学びたい」。錦織はチャンをチームに加えた理由について、そう語った。

 そびえる壁を打ち破るのに、どれほどの苦しみを伴うかを熟知した上でなお、彼は自分にも周囲にも、正直であろうとしている。日に焼けた顔を真っ直ぐ前に向け、濃密なオフシーズンと前哨戦で得た数々の自信を胸に、錦織圭はシーズン最初のグランドスラムへと歩みを進めていく。

内田暁●文 text by Uchida Akatsuki