『脳に刻まれたモラルの起源』(金井良太/岩波科学ライブラリー)副題“人はなぜ善を求めるのか”

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「オキシトシン」というホルモンが注目を集めている。
「自閉症の新たな治療につながる可能性〜世界初 オキシトシン点鼻剤による対人コミュニケーション障害の改善を実証〜」という東京大学大学院の研究が発表された。

“ホルモンの1種であるオキシトシンをスプレーによって鼻から吸入することで、自閉症スペクトラム障害において元来低下していた内側前頭前野と呼ばれる脳の部位の活動が活性化され、それと共に対人コミュニケーションの障害が改善されることを世界で初めて示しました。”

オキシトシンというのは、どういうホルモンだろうか?
『脳に刻まれたモラルの起源』(金井良太/岩波書店)という本では、オキシトシンは以下のように説明されている。
“オキシトシンが血流中に増えると脳に影響を与えて、恋人同士の愛を強め、母と子どもの絆を強めるというのだ。”

オキシトシンのすごいところは、点鼻スプレーでイケるってことだ。
鼻スプレーで、オキシトシンを摂取すれば、脳内にたどりつき、ひとの心理状態を変化させるというのだ。
現に、1980年代からアメリカの食品医療薬品局(FDA)によって認可され、不安を和らげたり、母乳を出るようにするために販売されているそうだ。

『脳に刻まれたモラルの起源』の記述を読んでいこう。
“「信頼ゲーム」を使った実験で、オキシトシンを吸入した人たちは、自分の投資したお金が返ってくるかどうかわからないというリスクにもかかわらず、より多くのお金を受託者に投資したのである。”
おお、なんということだ。鼻スプレーで人を信頼するパワーがアップするのだ。
とはいえ、ただ楽観的になっただけではないかという疑いも沸き起こる。
が、コンピュータとのやりとりさせる別の実験では、オキシトシンの効果が観られず、“人間の相手がいるということが大事で、ただリスクをとっているだけではないことがわか”った。
“また、オキシトシンを吸入することで、他者の気持ちを表情から読み取るという共感力も一時的に向上させることができる”そうなのだ。

おおおお。鼻からスプレーで、共感能力があがったり、恋人同士の愛を強めたりするなんて、なんとすごいホルモン。
心が癒やされ、さみしさが消えるなんて言われ、「幸福ホルモン」なんて呼ばれたりしているらしい。

オキシトシンをスパスパ吸ってれば世界平和が訪れるんじゃないか!
って楽観的な人は騙されちゃいそうである(そのうちオキシトシンが出る加湿器とか出ちゃうんじゃないか)。
だが、ものごとはそんなに簡単じゃない。
“オキシトシンには嫉妬心を高めたり、他人の失敗をみて喜んだりするようになるという報告もある”。
また“差別感情を引き起こす可能性もある”そうなのだ。

内輪への絆が高まるということは、裏返せば、外の集団に対しての差別行動につながっていく可能性があるということだ。
“アムステルダム大学のドゥドルゥ研究では、オキシトシンを嗅ぐことで自民族中心主義(エスノセントリズム)を引き起こすことが明らかになった。”

うーむ。そう考えると、安易に鼻スプレーで世界が平和な楽園になるというわけではないようだ。

『脳に刻まれたモラルの起源』の副題は「人はなぜ善を求めるのか」。
目次を紹介する。
1 善悪という主観の脳科学
2 五つの倫理基準
3 政治の脳科学
4 信頼と共感の脳科学
5 評判を気にする脳
6 幸福の脳科学
“脳科学は「人殺しはなぜ悪なのか」に答えることはできないが、その代わりに「人はなぜ殺人を悪だと思うのか」という問題に答えを出せる”と最初に宣言し、倫理観や道徳感情について脳科学からアプローチしたコンパクトな本だ。

ハグ(抱擁)などの体の接触でオキシトシンが放出されることがわかっている。
“ポール・ザックの実験結果では、一五分のマッサージを受けると血流中のオキシトシンが九%も上昇していた。”
身近な人と信頼感を高めるためには、ハグのほうが手っ取り早いようだ、ハグしようハグ。ラブ&ピース。(米光一成)