今日から仕事始めの人は多いだろう。「今年は懸案だったプロジェクトを短期間で成功させたい」「売り上げ倍増を目指したい」など、新年に誓う仕事の目標はハードルを上げぎみだ。もちろん志を高く持つことは大切だが、頑張りすぎて息切れしたり、目標未達の挫折を味わったりしたときの立ち直り方のほうが難しい。

 そこで当サイトでは、『心に火をつける名経営者の言葉』(PHPビジネス新書)の著者であるビジネスコンサルタントの竹内一正氏(オフィス・ケイ代表)に、新年だから聞いておきたい名経営者たちの珠玉の言葉5つを挙げてもらった。

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【便利なものでなく、必要なものをつくる】(中村義一・三鷹光器会長)

 日本の高度経済成長は「便利なもの」を生み出すことで成し遂げられた。白黒テレビに洗濯機、冷蔵庫や、クーラーに自動車。しかし、「便利なだけの製品」は、不況になると途端に売れなくなる。バブル崩壊以降の日本経済が証明している。

 ところが、「必要なもの」はどんな不況の時でも必ず売れると考える経営者がいた。東京は三鷹市にある三鷹光機の中村義一氏だ。宇宙開発用の観測機器をはじめ、世界初の非接触型三次元測定機を生み出し、さらには脳外科手術用の顕微鏡までてがけ、その技術力の高さはNASA(米国航空宇宙局)が認めるほど素晴らしい。

 不便が身の回りにたくさんあった古い時代は終わったのに、不便をまだ探して「便利」で儲けしようとしてはいないか。「便利」ではなく、目を向けるべきは「必要」の時代に私たちは立っている。

【小さな市場であっても、ナンバーワンになることが大切だ】(鈴木修・スズキ会長兼社長)

 急成長を遂げるインド。そのインドにおいて軽乗用車で高いシェアを誇るスズキだが、いきなり成功を手にした訳ではなかった。インドの隣国パキスタンで自動車生産を始めたころ、インド政府が国内への自動車普及を決断した記事を現地の新聞で目にした小さな偶然がきっかけだった。

 当時の日本の大手自動車メーカーの目は欧米には向いても、アジアのしかも発展途上国のインドなど眼中になかった。しかし、鈴木修氏はインド側の切実な思いを理解し、海のモノとも山のモノともわからなかったインドでの生産を決断した。そしてその判断はズバリ当たった。

 鈴木氏は大学を出て名古屋の銀行に勤め、その後スズキの二代目社長の娘婿としてスズキに入社。そして、社長就任時には約3200億円だった連結売上を3兆円を超えるまでに成長させた。

 いまの大きな市場ばかりに目を奪われて、未来の市場を見失ってはいけない。チャンスは小さいところに隠れている。

【世間や業界とは反対のことを常に考えろ】(山田昭男・未来工業創業者)

 長時間労働や「名ばかり管理職」問題は世間を騒がせてきた。そんな風潮を吹き飛ばす会社が岐阜県にある。

 残業ゼロ、ノルマは無い。ホウレンソウなんか必要ない。しかも、年間休日は140日以上。なのに、創業以来40年以上黒字を続けてきた会社――それが未来工業だ。電設資材の製造・販売を行っているが、それだけならどこにでもある。

 ユニークなのは、他社が考えつかない製品を次々と生んできた点だ。実は、電設資材は法律の規制に細かく縛られている。だが、創業者の山田昭男氏はそれを逆手にとって、法律の枠を目一杯使って、他社が考えつかない商品を生み出した。

 代表的なのは、電線を分岐するための保護箱「ジョイントボックス」。ねじ止めの作業性を大幅に改良したところ、現場から使いやすいと大評判となった。山田氏は「現場のことは現場が一番よく知っている」と断言する。だから、ホウレンソウなど無用だと言ってはばからない。

 上司の指示待ちでは現場は育たない。現場に任せない上司では会社は成長しない。

【『なんでだろう』から仕事は始まる】(小倉昌男・ヤマト運輸元社長)

 毎日といっていいほど目にする「宅急便」は、日本が世界に誇る偉大な発明だ。発明したのは運送会社の二代目小倉昌男氏。「個人向け宅配事業など手間がかかって儲からない」と断じられていた時代に逆行して誕生した。

 当時の運送会社の仕事は百貨店や電機メーカーなど大口の荷物を一度に運ぶことで儲けが出る――そう信じられていた。しかし、昭和50年、小倉氏の会社は赤字直前の崖っぷちに立たされていた。「なんでうちは儲からないんだ?」。小倉氏は考えた。そして、百貨店などの大口運送をやめて、個人から個人へ荷物を送る宅配事業に転じるべきだと社内で提案した。

 ところが、会社の幹部は全員が大反対。「個人相手なんか効率が悪い」。「大口運送が当たり前だ」と批判の声が上がった。しかし、小倉氏は反対を押し切り宅急便をスタートさせる。そして、宅急便開始の年に約350万円だった売上は、2012年には1兆2600億円に成長していた。

「当たり前だ」という呪文に逃げてはいないか。「なんでだろう?」と思う勇気を持て。

【ベストを求めず、徹底的にベターを追求する】(永守重信・日本電産創業者)

 日本電産は精密小型モーターで世界的なシェアを誇る企業だ。創業者の永守氏は28歳で音響メーカーを辞めると日本電産を立ち上げた。

 しかし、創業当時は小型モーターの試作品しか注文はこなかった。しかも、「重さは半分にしてくれ」とか「消費電力を半分に、でもパワーは二倍にしろ」。無理難題を突き付けられても挫けず開発に挑んだ。

 ベストだと自分が思っても、本当にベストかどうかはわからない。時間をかけてベストを求めるよりも、ベターが出来たならそれをすぐ取引先に見せて反応をうかがう。すると改善すべき点が見えてくると永守氏は考えた。

 ある時、永守は米国大手メーカーとの商談の席で、サイズの小型化を要求された。永守はすぐさま開発に着手し、半年という短期間で要望の小型モーターを作り上げ相手を驚かせた。まもなくすると、IBMなど米国の大手企業から注文が舞い込んできた。いまや、日本電産の連結売上は7兆円を超える。成功の秘訣は「スピード」だった。

「ベスト」にこだわり過ぎ時間を労してはチャンスを逸してしまう。「ベター」ができたらすぐさま勝負に出よう。