自由で大胆な発想を貫く「水曜どうでしょう」の生みの親

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 地方局の番組で、しかもレギュラー放送終了から11年も経つのに、いまだに絶大な人気を持続していられるのはなぜか。北海道テレビ(HTB)のバラエティー番組「水曜どうでしょう」である。

 過去の放送を編集したDVDは19シリーズで累計300万枚を販売し、関連商品を含めた売り上げは年間20億円をくだらない。

 そこで番組の生みの親である“藤やん”こと藤村忠寿氏(HTBエグゼクティブディレクター)に、ズバリ「マンネリにならない企画術」について語ってもらった。

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 昨年、TBSのドラマ「半沢直樹」が大ヒットしました。原作は池井戸潤さんの「オレたちバブル入行組」。バブル崩壊前夜に大量採用された今現在40代後半となった銀行員たちが主人公で、僕もまさにこの世代です。

 このいわゆるバブル世代の特徴は、就職がとてもラクだったために、会社への従属意識が今でも低い者と、大量採用されたために同年代の出世競争が激しく、逆に会社への従属意識がとても高い者とに、真っ二つに分かれることです。

 僕は完全に前者のクチで、会社は単に社員の集合体であって、会社と社員個人は対等であるという意識が強くあります。そうなると、個人を無視したいわゆる「会社論理」に対しては強い反発を覚えて、それを押し付けられると「倍返し」だって厭わない。まったくもって会社には嫌われる、自分勝手な社員とも言えるのかもしれません。

 でも「半沢直樹」がヒットした要因のひとつは、バブル崩壊以降の長い不景気の中で、コストカット、人員削減、偽装工作など利益最優先の「会社論理」が幅をきかせ、個人の仕事への思いや、その裏にある個人の生活がないがしろにされたことへのうっぷんが、社会全体にあったからだと思います。

 僕らが過ごしたサラリーマン生活の20数年間は、まさに「会社論理」が優先し、個人の自由な行動がどんどん抑制されていく時代の中にありました。その結果、テレビからも自由でやんちゃな雰囲気はなくなり、個性のない、どこも似たような番組が大量に作られ、視聴者からはマンネリだと揶揄されるようになりました。

 みんな口では「自由で大胆な発想を」と言いつつ、実際に求めているのは、安く大量に、そして誰でも簡単に作れるモノなのです。

 僕は思うのです。「発想」って別に特別なことなんかじゃなく、誰にでもあるものだと。誰だって「こうした方がもっとよくなるんじゃないか」「おもしろくなるんじゃないか」という考えは持っています。

 でも、そんな新しい考えを口にした途端、だいたいが「そりゃわかるけどさ」という「けど」口調と「でもこういう場合はどうするんだ?」という「でも」口調の前に、どんどん気持ちが萎えて、結局落ち着く先はどっかで見たことあるようなありきたりのモノ。

 会社の中枢に数多く存在する「けどでも人間」を納得させるには、他社の成功例を引き合いに出して「アソコが出来たんだからウチも出来るでしょう」と言うのが一番効果的です。

 他社が出来たことに「でも」と言えば、それは弱気だと思われますから「じゃあやってみろ」と言うしかないんです。でもそれをやったところで結局、他社と似通ったことをやるだけのマンネリ化が業界全体に蔓延し、あとはコストで勝つしかないという泥沼に陥っていくだけのことです。いろんな業界でこの悪循環が繰り返されてきました。

 先に言ったように「発想」なんて誰にでもあるものです。でもその発想をカタチにできないだけです。だから大事なのは発想する力ではなく、それをカタチにする術ということになります。

 じゃあ、どうやって自分の思いをカタチにするのか。それは、会社には何も言わないことです。僕が自分の「思い」や「発想」を口にするのは、「けど」も「でも」も言わない社内のごく少数の人と、あとは社外の人に対してだけです。

 社外の人はだいたい「それはおもしろい試みですね」と言ってくれます。だって彼らには直接のリスク責任がないから「おもしろい」と言うのは簡単なことなのです。そうやって外堀の評価を固めていって、先にある程度カタチを作ってしまってから社内に投げる。

 自分からは何も発想しない社内の「けどでも人間」は、社外の評価にはめっぽう弱いものです。「そうか、じゃあやってみろ」と首を縦に振らせるのはそう難しいことではありません(「もっと早く言ってくれよ」と必ず言われますけど、先に言ったら反対されるに決まってますから)。

 自分の発想をカタチにするには、会社に報告も連絡も相談もしない、「ホウレンソウ」を無視してやるしかない、私はそう思っています。

 これはとても非常識なやり方のようだけれど、でもきっと今までだって、新たな発想をカタチにしてきた人は、多かれ少なかれ会社という組織のカベに個人で闘ってきたと思うんです。

「会社論理」の膿があちこちで吹き出している今はなおさら、半沢のように個人で闘わないとなにも好転しない、それをやるのは、厳しい就職戦線で闘い続けてきた若い世代ではなく、バブルの恩恵に預かってラクをしてきた僕らバブル世代のつとめだとも思うのです。

【藤村忠寿/ふじむら・ただひさ】
1965年愛知県出身。90年に北海道テレビ放送(HTB)に入社後、編成業務やCM営業に携わり、1995年に本社制作部に異動。1996年チーフディレクターとして「水曜どうでしょう」を制作する。同番組は出演者に行き先や企画を伝えずに国内外を旅するバラエティー。タレントの大泉洋氏を世に送り出したことでも知られる。