今週はこれを読め! ミステリー編

 ミステリー新刊の情報をお伝えする本欄も、2013年はこれが最後の更新になる。日頃のご愛顧を御礼申し上げます。また来年もよろしく。

 さて、一年の最後をしめくくるにふさわしい作品を、と見回してとある本が目に止まった。『古書店主』、なんとも魅力的な題名である。本稿を読んでくださっている中に、この四文字を見て胸のときめかない方はいらっしゃらないはずだ。作者マーク・プライヤーはこれが小説のデビュー作で、ジャーナリストから法曹界に転じたという経歴の持ち主である。現在もテキサス州オースティンで地方検事補として勤めている。

 主人公ヒューゴー・マーストンはフランス・パリのアメリカ大使館で外交保安部長の任に就いている人物だ。パリ市内を流れるセーヌの河岸には古書の露天商が軒先を連ねている。その店主の1人、マックス老人とヒューゴーは顔なじみになっていた。ある日ヒューゴーは、マックスから合計千ユーロで二冊の古書を買う。一冊はアガサ・クリスティー『雲をつかむ死』の1935年に出た初版本、もう1冊はアルチュール・ランボー『地獄の季節』の旧い版だ。

 だがその直後、マックスは銃で武装した男に襲われ、連行されてしまう。ヒューゴーは警官にそのことを訴えて捜査を要請するが、まともに相手にしてもらえない。しかも、日を改めて彼が同じ場所に行くと、老人が店を出していた場所には別の胡散臭い男が当たり前のような顔をして居座っていた。失踪者を捜すアメリカ人に、古書店の組合さえ手を貸そうとしないのである。マックスという男など最初からいなかったかのように誰もが振る舞っていた。やがてヒューゴーは、顔なじみの老人に別の顔があったことを知る。単なる失踪ではなく、事件には深い裏がありそうだった。

 マックスたち露店の古書商は、ブキニストと呼ばれるのだそうである。本文中からそのことを紹介した個所を引用しよう。

 

──(前略)Bouquinistesという言葉は、オランダ語で"小さな本"を意味するboeckinに由来するものだという。なるほど。そのサイトによると、最初の売り子は手押し車で売りものの本を運び、橋の欄干に革紐で整理箱をくくりつけていたという。フランス革命後、商売は盛んになっていった。貴族から"解放された"蔵書が安い値でセーヌの河岸で売られるようになったのだ。(後略)

 

 このブキニストの業態に読者の関心は集中すると思うのだが、残念ながらそこが深く掘り下げられることはない。装丁や帯をご覧になると非常にブッキッシュな小説に見えると思うのだが、やや過剰装飾の気があるのでご注意を。主人公が買った本がある理由から希少価値のあるものだとわかるくだりや、老古書商の過去など、おもしろくなりそうなエピソードはいくつも出てくるのだが、巧く膨らまされずにどれも萎んでしまう。どうやら作者は、古書の世界にそれほど関心がないようなのだ。たとえば主人公が離婚した妻にクリスティーの初版本をプレゼントして気を引こうとする場面があって、これは絶対に後で回収されるエピソードだろうと身構えたのだが、彼女の出番はそれきりであった。おやおや。そういう点がしろうとくさく、減点材料も多い作品である。

 楽しみどころはやはり、なぜ老古書商がさらわれたのか、という部分にある。失踪者はマックスだけに止まらず、次々にブキニストたちがいなくなるのだ(本を売っているとかどわかされるのでは、おちおち古本屋にもなれませんな)。その謎解き部分と、中途で起きる殺人事件の真相には意外性があり、最後でようやく帳尻が合う感じである。古書ミステリーを期待すると肩透かしを食うが、パリを舞台にした軽いサスペンス、程度の興味で読めば楽しめるはずである。この作者、絶対次は古書のことを書かないな。

(杉江松恋)

『古書店主 (ハヤカワ文庫NV)』 著者:マーク・プライヤー 出版社:早川書房 >>元の記事を見る

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