猪瀬直樹『勝ち抜く力』/PHPビジネス新書
著者の東京都知事の辞職表明のタイミングで刊行された本書。辞職表明の2日後の21日未明には、猪瀬の肝煎りによる都バスの24時間運行が渋谷〜六本木間で始まっているが、本書ではその意義についても書かれている。

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東京都知事の猪瀬直樹ほど、この1年のうちに天国と地獄の両方を味わった人もいないだろう。昨年末に都知事選に勝利して以来、2020年のオリンピック・パラリンピック招致のため文字どおり東奔西走し、その間、妻が亡くなるというできごとを経て、奇しくもその四十九日に東京でのオリンピック・パラリンピックの開催を勝ち取った。ところが、その後、都知事選での資金問題が浮上し、ついには知事辞職にまで追いこまれてしまう。

辞職会見と同日(12月19日)には、猪瀬の新刊『勝ち抜く力 なぜ「チームニッポン」は五輪を招致できたのか』が発売されている。そのあまりの間の悪さに、ネットなどからはツッコミの声もあがった。私もまた、一体どんなことが書かれているのか、隙あらば揚げ足を取るつもりで本書を手に取ったのだが、案外面白く読んでしまった。

本書には、オリンピックの東京開催までの過程で、猪瀬がいかに考え、動いてきたかが詳しく書かれている。まず興味深かったのは、今回の招致活動においては、猪瀬のこれまでの作家としての仕事がかなり活かされていたという事実だ。

2020年オリンピック・パラリンピックの招致活動は、今年1月のイギリス・ロンドンでの記者会見から本格的に始まった。それにあたって、猪瀬は自著である『ミカドの肖像』や『土地の神話』の内容にもとづいて、ヨーロッパの都市とは異なる、東京という都市の魅力を伝えようとしたという。

彼はまた、初期の著書の一つ『昭和16年夏の敗戦』の内容を踏まえ、戦前からの官僚機構の「縦割り」を排し、「中枢」をつくらねば招致レースには勝てないと考えた。ここから、政府を含め各機関が連携して、情報を出し合いながら戦略と戦術を立てる体制がつくられた。

本書ではまた、オリンピック招致において失敗をいかに克服したかという話も出てくる。東京は4年前にも2016年オリンピック招致に乗り出したものの、落選している。その敗因は何だったのか。猪瀬はその一つとしてまず、前回の招致活動の最終プレゼンテーションで、スポーツとは直接関係のない環境問題を前面に出したことをあげる。事実、このとき国際オリンピック委員会(IOC)の委員からは、東京のプレゼンに対し「それは国連でやってくれ」といった反応があったという。

この反省から猪瀬は、東京ではいかにスポーツが盛んで、そのための環境も整備されているかを示すべく、都知事である自分自身がスポーツマンであることをアピールするようにした。実際、猪瀬は空手の黒帯を持ち、日曜には妻とテニスをプレイし、また副知事時代には東京マラソンに出場、65歳にしてフルマラソンに初挑戦し、完走している。招致活動中も、各国を訪れるたびにジョギングを欠かさなかった。

先の招致活動の敗因として猪瀬はさらに、皇族に協力を要請しなかったことをあげる。IOCの委員の1割を占めるという王室メンバーは、各国のロイヤルファミリーに近しい感情を抱いている。それだけに、オリンピックの招致レースでも王族が応援に駆けつけることも珍しくない。そこで猪瀬は、知事に就任するとすぐに宮内庁へ、皇室に何らかの形で存在感を発揮していただくことが必要だと提案に赴いている。この提案はその後、3月に東京を視察したIOCの評価委員会の皇太子への表敬訪問、さらに9月のブラジル・ブエノスアイレスのIOC総会での最終プレゼンテーションを前に高円宮妃が登壇する布石となった。

招致活動のさなかには、猪瀬自身が失態を冒すことがあった。それは4月の米ニューヨーク訪問時に、「ニューヨークタイムズ」紙からのインタビュー中、対立候補のうちトルコのイスタンブールの話が出た流れで、「イスラム圏で共通しているのはアラーの神だけで、喧嘩ばかりしている」と発言してしまったことだ。この発言は、「他都市を批判してはならない」というIOCの行動規範に抵触する可能性があるとして問題となった。事態を受けて、猪瀬は記者会見にて不適切な発言だったと認め、訂正している。

この話には後日談がある。問題発覚後、トルコ大使館を猪瀬が訪ね、陳謝したのと前後して、イスラム諸国の駐日大使たちが「日本はイスラム諸国とこれまでも非常にいい関係を築いてきた。アメリカの新聞が何と書こうが、日本はイスラムのことを悪く言わないことはよくわかっている」と都庁まで伝えに来てくれたのだ。猪瀬はこの件で、イスラム圏の人たちに救われたともいえよう。

2020年の五輪開催地を決める最初の招致プレゼンテーションは、5月から6月にかけてロシア・サンクトペテルブルクでのスポーツアコード国際会議にて行なわれた。このとき、猪瀬は開催準備資金はすでに4千億円、「キャッシュで銀行にある」とスピーチして喝采を浴びた。東京の治安のよさをアピールするため、「財布を落としても、お金が入ったまま戻ってくる」と話したのもこのときだ。いずれも聴衆の心をつかむために盛りこんだユーモアだが、どうしてそのスピーチ術を国内向けの記者会見でも活かさなかったのかと、いまにして思わなくもない。

続く7月の、スイス・ローザンヌでのテクニカルブリーフィングでは、IOC委員に開催計画の詳細を説明するプレゼンテーションとブース展示を行なった。このときからプレゼンターとして加わったのが滝川クリステルだ。猪瀬は彼女の起用理由を、IOCの公用語のひとつであるフランス語が堪能であることに加え、また西洋的なイメージだけでなく、竹久夢二の描く「大正美人」のような古風な雰囲気を持っており、《外国人から見るとオリエントな感じがするので、“おもてなし”を表現するのにピッタリだった》と説明している。

それにしても、ブエノスアイレスでの最終プレゼンテーションにおける、猪瀬をはじめとする「チームニッポン」の面々の演説に、私は正直にいえばどこか違和感を抱いた。それも、本書の次の記述を読んで腑に落ちた。

《国際的な場では、「日本人が日本人らしくなく」スピーチすることがとても大切。胸に手をやる。大きく両手を振りかざす、なんて大げさなジェスチャーにはなかなか慣れないけれど、これもコミュニケーション戦略だから、自然にできるまで何度も練習するしかない》

つくづく、オリンピックの開催都市の選考では、欧米人、それもエスタブリッシュメントが大きな力を持っているのだと思わせる。ともあれ、ブエノスアイレスでのIOC総会では、高円宮妃による挨拶に続き、宮城・気仙沼出身の佐藤真海(パラリンピック走り幅跳び選手)、竹田恆和(JOC会長、東京オリンピック・パラリンピック招致委員会理事長)、太田雄貴(フェンシング選手)、それから安倍首相があいついで登壇、それぞれが役割を果たし、ひとつの「物語」として流れをつくった。こうした「チームニッポン」の団結こそ、招致活動の最大の勝因であったと、猪瀬は書く。

もちろん本番はこれからだ。五輪開催に向けて、いかに都市整備を進めていくのか。高度成長期に開催された1964年の東京オリンピックとは違い、2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、成熟した都市におけるスポーツイベントのモデルとしてとらえるべきだと猪瀬は主張する。そのためには、旧来型の発想で、やみくもにインフラ建設を進めるのではなく、環境への配慮や費用対効果などをしっかり見据えたうえで計画を進めていかなくてはならない。猪瀬自身は、都知事を辞職したため、これら計画には直接携わることができなかった。今後、計画は誰によって、どんなふうに展開されていくのか。おおいに気になるところだ。

本書ではまた、招致活動の裏での猪瀬夫人の闘病生活も描かれている。猪瀬と妻のなれそめ(これがかなりドラマチックで驚いた)など、おそらく初めて本人の手で公にされたのではないか。もし、辞任の前に本書が出ていて、このくだりがメディアでクローズアップされていたのなら、世間は彼に対しもうちょっと同情的になり、流れは変わっていたかもしれない。身から出た錆による辞任とはいえ、ふと、そんなことを思った。
(近藤正高)