『かぐや姫の物語』は傑作、愚作? 高畑勲監督作に賛否両論の嵐
 あまりにそそるキャッチコピー「姫の犯した罪と罰」を伴い、11月23日に公開されてひと月。高畑勲監督の、実に14年ぶりの劇場アニメーション『かぐや姫の物語』が、賛否両論の嵐を浴びています。ここではどんな賛否の声があるのか取り上げつつ(ネタバレ含む)、新たな高畑ワールドに迫ります。

 先日、2回目となる劇場鑑賞を終えたばかりの筆者(ライター望月)は、大号泣したクチ。アノ予告編を目にしていただけのときは、観念的な分かりづらい作品かも? と思っていました。

 でも、蓋を開けてみれば、何とも分かりやすい作り。特に人々の喜怒哀楽といった感情表現や、四季を織り成す草木の様が、手に取るように表現されていました。

 それを可能にした、描き手の想いを失わない、殴り書きのようなタッチをあえて残すという挑戦をした上での、計算された線画と色彩、構成力。原作の「竹取物語」に沿いながらも、監督のメッセージを“潜ませた”脚本。故・地井武男を筆頭にした、声優陣のすばらしさ。

 光り輝く竹から姫が生まれ出でた瞬間から心を奪われ、愛らしい“たけのこ”の成長に早くも涙が出ました。しかし、しかし、なのです。共に観た友人は、後半、隣で号泣するワタクシを発見し、ビックリたまげたのだとか。

 友人いわく、「技術的にはよく出来た映画だと思うけれど、なんか入り込めなかった。あの、桜の木の下で“アハハハハ”とかっていうの、ウソっぽくて、苦手なんだよね〜」とのこと。ウッ。それじゃ、『アルプスの少女ハイジ』(高畑勲演出)はどうなのさ! と迫ったところ、「ハイジも苦手」と返されてしまいました。あらま。

◆ちまたの評価あれこれと、「罪と罰」の正体……

 そう、(ハイジはさておき)冒頭にも述べた通り、本作は賛否がはっきり分かれているのです。Yahoo! 映画のレビューもさまざま。「否」の大方の意見はこう。

「つまらない」「長い」「画が下手」「意味不明」「結局、姫の罪と罰って何?」「捨丸って、アノ貴族たちと変わらなくない?」etc.

 一方、「賛」のほうは。

「姫の心情が丁寧に描かれている」「画が美しい」「涙があふれた」「日本だからこそ作りえた作品」「生きることの素晴らしさを教えてくれる」etc.

 ふむぅ。同じ作品に、よくもまあ、いろんな意見が出るものですね。特に「画」に関する評価の興味深いこと。下手と上手いの、まっぷたつ。でもこれは、今のセルアニメに慣れていることが影響しているのではないでしょうか。

 幼少期を代表する温かみに始まり、あの、都を姫が疾走するシーンの力強さ! 姫を見下ろす如く大きな月、走る姿を横から捉えた際の共に走っているかのような月、これら鳥肌モノのすべてを毛筆タッチでアニメーションにしたことは、やはり驚嘆としか言いようがありません。

 音楽も秀逸です。わらべ歌はもとより、ラストの天人たちがやってくる場面でのこちらの感情とのミスマッチには仰天すると同時に恐ろしさを覚えました。このラストは色使いにも注目です。

 そして重要なのが「罪と罰」について。これに関しては姫が自らはっきりと口にしています。ある天女が泣きながら口ずさむ歌を耳にする内、穢れた場所であるはずの地球に憧れてしまった。これが罪。その穢れた地球へと落とされたことが罰なのだと。

 姫はある時、無意識の内にギブアップの信号を月へと送ってしまいます。これに天人は、「だから言ったでしょう。そこは穢れた地なのよ。もう懲りたわね」と迎えにやってきます。でも姫は「生きるために生まれたのに」、そのためにやってきたというのに、なぜそれを享受できなかったのだろうと後悔するのです。

「さあ、穢れを落としましょう」と記憶を消す天の羽衣をかけられる直前、姫は「穢れてなんかいないわ!」と叫びます。もう、翁と媼と一緒になって大号泣。人間は愚かな生き物。でも姫は、人間を、地球を丸ごと肯定したのです。

『かぐや姫の物語』は傑作か、愚作か? 結論は、大傑作! そして皮肉なことに、本作のキャッチコピーには「姫の犯した罪と罰」よりも、『風立ちぬ』の「生きねば」がぴたりとハマるのです。 <TEXT/望月ふみ>