ソチ五輪代表切符が懸かった今年の全日本選手権では、例年以上に様々なドラマが生まれた。

 女子は浅田真央、鈴木明子、村上佳菜子、男子は羽生結弦、町田樹、そして当落線上にいた高橋大輔が3度目の五輪代表に滑り込んだ。浅田と鈴木は2度目の、羽生と町田、村上は初の五輪代表となる。全日本選手権3位に食い込み、五輪代表入りに望みをつないだ小塚崇彦はあと一歩届かずに代表を逃した。

 女子は順当な五輪代表メンバーとなった。浅田はオリンピックシーズン序盤から果敢に攻めるプログラムを見せてGP2大会とファイナルで3戦3勝。鈴木もGP大会で2位と3位に入り、連続して表彰台に立った。次代のエースを担うべき村上はGP大会で結果を残せず、五輪代表入りを決めるためには全日本での一発勝負となったが、ショートプログラム(SP)とフリーの両方で納得のいく演技を見せて代表切符をつかみ取った。

 この大会、浅田には3年連続7度目の全日本タイトルが懸かっていた。だが武器のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)をいずれも失敗して、合計199.50点で総合3位に沈んだ。前日のSP『ノクターン』でも回転不足となっていたハイリスク・ハイリターンの大技トリプルアクセルが、フリーでは2本とも失敗、小さなミスも出て大失速となった。

「今回の全日本では、自分の目指している最高レベルであるトリプルアクセルを2度跳ぶプログラムをしっかり演技をするつもりだったが、アクセルを失敗した上に他にも何個かミスをしてしまって自分で点数をつければ半分以下しかできなかった。この悔しさをソチ五輪でぶつけられるように気持ちを切り替え、五輪でパワーアップした最高の演技ができるようにやるだけです」

 五輪本番前に、代名詞のジャンプを一度はクリーンに成功させたかったところだが、浅田のトリプルアクセルは"迷路"に迷い込んでしまったようだ。

「今回は公式練習からいいトリプルアクセルが跳べなくて、あっ、(トリプルアクセルは)どこいっちゃたのかな(苦笑)、という感じで本番に臨んでしまった。いま、自分がどうして跳べなかったのかは分からない。ただ、これから五輪本番までしっかりと練習して成功率を上げていくことが成功への道だと思います」

 ソチ五輪で悲願の金メダルを獲得するためにトリプルアクセルを1本にしてプログラム全体の完成度を高める戦略に変更して勝負に徹するのか。はたまた、自分がこだわる2度のトリプルアクセルを跳ぶプログラムで「最高レベルの演技」を貫き、結果は気にせずに「満足のいく集大成の演技」を見せるのか。ソチ本番までの悩みどころでもある。

 これについて佐藤信夫コーチは「今日のフリーはミスがいっぱい出てしまった。(GPファイナル前に再発した)腰に痛みがあるなど、体の方が思うように回復していなくて、GPファイナルが終わってからあまり練習ができなかった。そのツケが結果に出てしまった。トリプルアクセルに気持ちが偏りがちなので、今後はもう一度振り出しに戻って立て直していきたい。トリプルアクセルを2度跳ぶかどうかは、時と場合によって変わるかもしれないが、最終的には彼女の夢をかなえてあげたいし、トリプルアクセルが立て直せれば全体的にプログラムもいい具合にできてくると思う。プログラムにトリプルアクセルを2度組み込むことについてはもう少し様子をみたい」と、語っている。

 それでも浅田自身は「戦略はない。自分が今やっているプログラムを成功させることが自分の一番の最終目標です。トリプルアクセルを2度跳ぶことは挑戦でもなく、あたり前だという風にしたいし、私にとってはチャレンジとかではなく、これが一番の基礎、ベースだと思っています」ときっぱり。今季試合では一度も成功させていない大技について、現時点での迷いは微塵もなかった。

 ソチ五輪まで残された時間はあと1ヵ月半。果たして得意のトリプルアクセルの成功率をどこまで高め、かつ加点のもらえるジャンプに仕上げられるのか。浅田が「練習していくしかない」と話すように、時間との勝負の中で密度の濃い練習をするしかない。前回のバンクーバーでは、大技を決めても他のジャンプでミスを出し、キム・ヨナに敗れての銀メダルだった。スケーティング技術が向上した今回は、トリプルアクセルを含めたすべてのジャンプを成功させ、「パーフェクトな最高の演技」ができれば勝負は浅田に軍配が上がるはずだ。

「日本代表として出るからには一番いい色のメダルを持って帰りたいという気持ちはありますけど、金メダルを目指したバンクーバーのときは自分のミスで銀メダルになってしまった。前回大会での自分の失敗がすごく悔しかったのでソチ五輪ではメダルの色も大切だとは思いますけど、まずは自分の目指している最高の演技をパーフェクトに滑ることを目標に頑張りたい」

 ステップやスピンに磨きをかけてきた浅田の勝負のカギは、とにもかくにもトリプルアクセルが握っている。

 その浅田に15.68点差をつけて全日本選手権を制したのは、28歳のベテラン鈴木明子だった。常にスポットライトを浴びてきた浅田に対して、鈴木は影のような存在だった。現役最後のシーズンと決めて臨むオリンピックシーズンを戦っている彼女が、SP2位から逆転して遅咲きの全日本女王の座に就いた。最後の全日本ですべてを出し切ってみせた。非公認記録だが、フリーでは自己ベストを上回る144.99点をマークして合計215.18点と初の200点超えをした演技に氷上で何度もガッツポーズを見せて喜びを爆発させた。

 スケートを始めてから22年間、挫折と重圧による摂食障害など様々な経験をした。一時は競技から離れて治療に専念、リンクに復帰した後は、休養中に成長を遂げた"後輩"の安藤美姫や浅田が壁となった。この2人を乗り越えることがなかなかできなかったが、ついに13度目の出場となった全日本で初タイトルに輝いた。

「今日は納得いく演技ができて、ソチ五輪代表の座を勝ち取ることができてうれしい。諦めなくて良かった。バンクーバー五輪(総合8位)の4年前よりも成長した姿を見せられるように、2度目の五輪ではスケート人生の集大成として、心を込めて滑りたい」

 この鈴木の快挙に、12年間、叱咤激励しながら指導してきた長久保裕コーチは、浅田の不調による「棚ぼたの全日本タイトル」だと謙遜したが、フリーのノーミスの演技には、「(1998年の)長野五輪で田村岳斗の完璧な演技を見て泣いて以来」という涙を流して、愛弟子の栄冠を素直に喜んだ。

 浅田真央と鈴木明子。ふたりはソチでどんな演技を見せてくれるだろうか。

辛仁夏●文 text by Synn Yinha