今週はこれを読め! SF編

 大異変や壊滅戦争などによって世界がリセットされ、ぼくたちが知るこの現在とは断絶してしまった未来。SFではこれまでも繰り返し用いられてきた設定だが、『躯体上の翼』はそれをずいぶん効果的に活かしている。この方式ならば歴史のつながりという余計な手続きを経ることなく、現代が産出した先鋭の要素(テクノロジー、システム、価値観)だけ随意に取りだし、ガジェットとして駆使することができる。

 とにかくイメージが鮮烈だ。都市部には炭素繊維躯体の高層構造物が雲を突きぬけて佇立するが、それらは社会的機能を担わぬ荘厳な廃墟のようなもので、一般の人間はその下層にしがみつくように悲惨な暮らしを強いられている。他の惑星との連絡も失なわれて久しく、資源の枯渇した世界で、強権の〈共和国〉が他の文明を滅ぼしながら拡大中だ。この政府の戦略は「緑化政策」と呼ばれている。炭素繊維躯体を崩壊させて植物を生育を促すというのが名目だが、実際は細菌散布による地域の殲滅だ。〈共和国〉の物流と防衛において航空インフラはことさら重要だが、これを脅かすのが人狗(ヒトイヌ)という異形種族である。これに対抗するため遺伝子操作によって生みだされた生体兵器が対狗衞仕であり、この物語の主人公の員(エン)もそのひとりだ。

 員は遺伝子型は女性で、おそらく外見からもそれがうかがえるのだろう。地上の民からは「鴉女」と呼ばれ、畏怖されている。通常の人間よりも髪も目も黒いが、虹彩だけは青い。顔色は死者のように白く、首から下の皮膚は漆黒の炭素繊維と同化し、余剰なエネルギーを放出するため身体のラインに沿って青白い稲妻を間欠的に放出している。そして、脊椎動物の血から遺伝子を摂取して、その特質を再現する能力を有している。

 この作品には異様なリアリティがあり、それは員の存在性にもおよんでいる。彼女はいわゆる戦闘少女や女性アンドロイドの類型ではない。まず、人為的に創られた存在ではあるが、身分上は緑化政策にまつわる軍事運営を代行する佐久間種苗株式会社の雇用者なのだ。彼女が備えている特性(長大な寿命も含めて)は、会社が債権を保有しており、解雇のさいはそれを返済しなければならない。もちろん、人間のように成長したわけではないので通常の情緒を持たないが、かといって〈共和国〉や会社から思想や思考をコントロールされているわけでもない。遺伝子レベルで人狗への憎悪をプログラムされているが、それ以外は意識・思想の束縛はなく、自分で就業規則(奇異な規則ではあるが)を読み判断することができる。もちろん、それから逸脱することも。

 員は〈共和国〉の互聯網(ネット)を探索することを覚え、極少のリソースをやりくりしてcyと名乗る人物との接触に成功する。断片的な伝達ではあるが、員にとっては意志を通わすことができる唯一の相手だ。しかし、その交信が徒となって、cyが住む地域が緑化計画の対象になってしまう。員は一切の保証を投げすて、緑化政策船団の追撃を決意する。211隻の空中戦艦、そのすべてを単身で食いとめるのだ。

 員が蝙蝠の遺伝子を摂取し、翼を形成して飛びたつ(この場面は、事情を知らない一般人の視点で描かれて壮絶)までが、全体の約5分の1。残りの5分の4は、ほぼ員と緑化船団とのバトル(途中、人狗の襲撃があるなど局面は次々に変化するが)、もしくはその背景をなすエピソードである。物語展開としては前進一方だが、その太く強いベクトルがこの作品の力だろう。それに引きよせられるように、敵側(つまり〈共和国〉や佐久間種苗)の登場人物たちが抱えている葛藤や欲動があらわになり、そのあいまにこの世界の歪みがのぞく。

 員にとって最凶最悪の敵が、緑化政策船団の旗艦に降臨した道仕である。道仕は軌道上から互聯網経由で、艦に冷凍保存されていた肉体に下載(ダウンロード)されたのだが、肉体の保存状態が粗雑だったため強化外骨格(エクソスケルトン)をつけて指揮を執らなければならない。もともと尊大な性格なうえさらに機嫌が悪く、冷酷さが研ぎ澄まされている。しかも身体は腐臭を放っているというおぞましさ。そのほか、個性的な脇役が華を添える。なかでも異彩を放っているのは、緑化政策船の内部をうろつきまわっている清(セイ)四四九九一。正体は読んでのお楽しみ。

 この小説が嬉しいのは、正義とか自由とか大仰な題目を掲げることなく、ひとすじに進むところだ。味方(といっても員だけだが)も敵方もメンドクサイ自意識で煩悶したりせず、きっぱりしている。結末のカタルシスも純粋だ。

(牧眞司)

『躯体上の翼』 著者:結城 充考 出版社:東京創元社 >>元の記事を見る

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