「人間、引き際が大切だ。いかに成功をおさめようとも、いい仕事をしようとも、最後しだいで台無しになってしまう」このような書き出しで始まるのが、生活経済評論家である川北義則氏の書籍『引き際の美学』です。「引き際は人を試す。引き際は人を大きく成長させる契機にもなるが、同時に隠れていたその人間の弱さや欠点をあらわにする」と語る川北氏。『引き際の美学』では、過去の政治家たちや企業のトップ、戦国武将、アスリートから、男女間の関係に至るまで、様々な引き際のかたちを語っています。政治の場や企業で成功した人間がトップの座を退く時、鮮やかな去り際を見せる人もいれば、周囲から「老害」と言われるまでとどまり続ける人もいます。最近では、東京都の猪瀬直樹知事が大手医療法人「徳洲会」から現金5000万円を受け取っていた問題で辞職を表明したことが、記憶に新しいかもしれません。東京五輪の誘致成功など、在任中の猪瀬氏の功績には特筆すべきものがあります。しかし、多くの人びとの記憶には、猪瀬氏を東京都議会の場での苦しい答弁や、会見の場で公開した「借用書」、自宅に運ぶために使用したとするカバンに5000万円が入らなかったことなど、その「引き際の悪さ」が残ってしまったことでしょう。なぜ人は「みっともない引き際」を迎えてしまうのでしょうか。「誰だって、みっともない引き際など見せたくないと思っている」と川北氏は、その理由として「あまりに偉くなりすぎて、周囲の人間も何もいえなくなる」ことを挙げています。20世紀を代表するピアニストに、ウラディミール・ホロヴィッツがいます。美しい音色と奥深い解釈で知られたホロヴィッツは、86歳で死を迎えるまで「生涯現役」のピアニストでもありました。しかし、晩年の演奏会は「ひびの入った骨董品」と評されるほどミスが目立ち、その晩節を汚すものであったといいます。このことで分かるのは、引き際に関して「そろそろではないですか」と進言してくれる人はあまりにも少なく、過去の業績が立派であればあるほど、直言してくれる人は意外にも少ないということです。「だからこそ自分で悟るしかない」と川北氏は分析します。川北氏が見事な引き際を見せた1人として挙げるのが、アメリカの鉄鋼王アンドリュー・カーネギー。貧しい移民の子から大実業家になったカーネギーの処世訓は、「どんな偉大な人でも、他人の協力なしには、何事もなしえない」。65歳で引退したカーネギーは、築いた事業の全てを売却。日本円にして15兆円あったと言われる遺産すべてを、寄付と慈善事業を通じて、社会に還元しました。また、後進のために65歳で引退を表明したホンダ創業者・本田宗一郎氏の引き際も、川北氏は高く評価します。引き際は、「何かのひと区切り」でしかありません。引いた後でも、残りの人生が続きます。何かを「終える」ということ、引き際の美しさ、潔さについて考えるきっかけとなる一冊です。
『引き際の美学 (朝日新書)』 著者:川北義則 出版社:朝日新聞出版 >>元の記事を見る

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