今週はこれを読め! ミステリー編

 いつの間にか日本でも定着した言葉に「パパラッチ」と「セレブ」があるが、前者はダイアナ妃死亡事故、後者はパリス・ヒルトンのご乱行報道のあたりから一般的になったという記憶がある。なんというか、非常に東スポ的だ。 エド・マクベイン(エヴァン・ハンター)とドナルド・E・ウェストレイク亡き後、世界最高峰の犯罪小説作家といえばカール・ハイアセンを置いて他にはない。世界最高峰のユーモア・ミステリー作家も同様である。つまり、この世でもっとも笑える犯罪小説を書く人だということだ。そのハイアセンの新訳が出る(2014年1月4日発売)。『これ誘拐だよね?』である。 今回のキーマンとなるのはポップ・スターのチェリー・パイと、彼女のスキャンダル写真を撮るべく付け狙うカメラマンのバン・アボットだ。チェリー・パイはジュニア・アイドルとしてデビューしたが、絶望的な歌唱力のために早々とアーティストの道は断念、現在は芸能活動よりもゴシップの切り売りのほうが話題を呼ぶという体たらくである。パリス・ヒルトンのハードコア動画流出が話題になれば、なぜか同じようなポルノ映像が世に出回るというしたたかさ。チェリー・パイ本人ではなく、その背後にいるステージママやプロデューサーががめついのである。しかしそんな彼女でも流されてはまずいネタというものもある。たとえばドラッグの過剰摂取で病院送りになった、というような報道はいくらなんでも致命的だ。 元報道写真家ながら今はパパラッチとして高額報酬を稼いでいるバン・アボットは、ある日チェリー・パイがドラッグのやりすぎで救急車を呼んだという情報を聞きつけ、現場へと急行する。しかし彼がレンズを向けた先にいたのは、チェリー・パイとはよく似ているもののまったく別人の女性だった。 実はチェリー・パイのプロデュース陣営は、騒動ばかり起こす小娘に手を焼き、影武者を雇っていたのである。騙されたことに気付いたパパラッチは臍を噛んで悔しがり、ひときわ執念を燃やしてポップ・スターを追いかけ始める。そしてあるとき、チェリー・パイとの単独会見に成功するのである。そのとき彼女がとんでもない気まぐれを起こしたことが原因で、事態は怪しい方向へと転がり出す。故・立川談志が好んだ言葉の一つに「馬鹿は隣の火事より怖い」があったが、あれだ。人格破綻者と人格破綻者が出会って、常人には想像もつかないようなことをしでかすという話なのである。 本書にはわくわくする趣向がもう一つあって「キングコング対ゴジラ」のような夢の対決が実現する。ハイアセン作品ではおなじみの怪人、元フロリダ州知事にして現在はジャングルで隠遁生活を送る自然保護過激派老人スキンクと、『顔を返せ』(角川文庫)に登場した殺し屋ケモが初対面を果たすのである。ケモは整形手術の失敗で二目と見られない面相にされてしまい、殺しの報酬をその修復のためにつぎ込んでいるという男だ。『顔を返せ』の中で片腕を失い、そこに今は草刈機のアタッチメントを仕込んでいる(ライダーマンか)。この二人の共演が観られるのだ。両雄を並び立たせているあたりはあれだな、「キングコング対ゴジラ」というよりは「マジンガーZ対デビルマン」か。 もったいないのは前述の人格破綻者たちの印象が強すぎて、せっかくの怪物二人の印象が弱くなってしまっていることなのだが、それは些細な瑕である。ちょっとだけ書いてしまうと、ケモはすでに殺し屋を廃業していてボディーガードの仕事を始めている。本作ではなんと、チェリー・パイのお守をすることになるのだ。もちろんあのケモが、いくら雇い主といってもお騒がせ娘に遠慮をするはずがない。ではどうやって彼女を黙らせるか、というところが楽しみどころ。『顔を返せ』からのファンは「ああ、ケモらしいな」と思うに違いない。一言でいえば「ものすごく乱暴なヒギンズ教授と下品なイライザ」だ。 一方のスキンクのほうにも儲けどころの場面がある。彼を慕う女性が登場するのである。チェリー・パイの替え玉を務めるアン・デルシアがその人で、彼女が危ない目に遭わされたところに颯爽と登場する怪人スキンク、という役どころだ。こちらは「アフリカからフロリダに移住してきたターザン」というところか。すごいサービス精神、こうやって書いているだけで鼻血が出てきそうです。ティッシュを詰めてページをめくろう!(杉江松恋)
『これ誘拐だよね? (文春文庫)』 著者:カール・ハイアセン 出版社:文藝春秋 >>元の記事を見る

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