メンバー出演作以外で初めてザ・ビートルズの楽曲を使用したことでも話題に。

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先日、11年ぶりの来日を果たしたポール・マッカートニーのLIVE、今でも思い出せばあの時の感動が蘇る……。そんな方も多いのではないだろうか? かく言う私もそのひとり。今回のジャパンツアーでポールはザ・ビートルズ、ウイングス時代の楽曲を中心にニュー・アルバムからの楽曲も披露、アンコールも含めて2時間以上歌ってくれた。東京・大阪・福岡と合わせて26万人の動員、経済効果は100億円とも言われている。

ザ・ビートルズの秘書だったフリーダが初めて語る


日本においてビートルズの存在がいかに大きいかを証明してみせたポールのLIVEが終わったその約2週間後、今月7日に公開されたドキュメンタリーが『愛しのフリーダ』だ。

本作は、ザ・ビートルズのバンド命名から解散までの10年+1年間の11年間、彼らの秘書として働き続けた女性フリーダがビートルズ解散後、初めて当時の仕事やメンバーとの交流について語った貴重なドキュメンタリー。

ファンだった17歳の女の子が秘書に!


1961年、フリーダ・ケリーは会社の昼休みに同僚に連れられて、キャヴァーン・クラブへ出かけた。その時に出会ったのが、地下の小さなステージで演奏する革ジャンを着た4人組、ザ・ビートルズ。フリーダは初めてきくこの音楽……彼らに恋をしてその後何度もステージに足を運ぶ。次第にバンドメンバーとも親しくなっていった彼女はある日、バンドマネージャーから「秘書にならないか?」と声をかけられる。そこから彼女の人生は大きく変わり、彼女は秘書の道を歩み始め、ファンクラブの運営を任され、ザ・ビートルズにとってなくてはならない存在になっていった……。

年齢を重ねても笑顔のとってもキュートなフリーダ


17歳で大好きなバンドの秘書、そして、そのバンドが世界中を虜にするモンスターバンドになるなんて、まるで映画のような世界を生きてきたフリーダ。とはいえ、大変な苦労も多かっただろうから、実際の彼女は11年間やっていけるだけの芯の強い、ちょっぴり怖い感じの方(イメージは『プラダを着た悪魔』に登場する敏腕編集長……)なのかな?と思ったら、まったく逆。誰もが会っただけで好きになってしまいそうな、笑顔の優しい、なんとも朗らかな女性だった。そして、色々と話をしてくれるうちに、彼女がなぜ11年もやっていけたのか、そしてビートルズのメンバーに愛され続けたのかが、少しわかったような気がした。

フリーダの心の通った仕事ぶり


まず彼女は徹底的にファンを大切にする。毎日何百通と届くファンレターに全て目を通し、1通ずつ返事を書くのだ。時には、枕カバーが送られてきて「ジョージがその枕を使って寝てから枕カバーにサインを書いて送り返して欲しい。」とファンレターに書いてあったとすると、実際本当にそうしてあげる。今では、というかきっと昔でも考えられない事だと思うが、フリーダは「私がもともとファンだったからファンの気持ちがわかるのよ」と菩薩のようににっこりと微笑む。といっても優しいだけではない。秘書の手伝いとして雇った女性たちが不誠実な行動を取った時には、その場で辞めてもらうなどの厳しい面も。さらに、決してメンバーの情報をメディアに漏らすことはないし、とにかく口が堅い。またメンバーの家族とも仲良くなって、リンゴ・スターのお母さんには、まるで本当の母親のように色んな悩みを聞いてもらっていたのだとか。(フリーダ自身は幼い頃に母を亡くしている。)

■さいごに
メンバーとの日々を嬉しそうに話してくれるフリーダのすごいところは、全く偉そうじゃないってこと。私だったら全編ドヤ顔で話しているところを、彼女は一切そんな顔を見せず、実際、ビートルズの仕事を離れてからは周りの人に一切自分の過去を話したりして来なかったのだとか。

そんな彼女の目から語られる各メンバーのエピソードはどれも愛おしく、もちろん過去の写真や映像、音楽も散りばめられ、ファンにとっては貴重なシーンも満載だ。

音楽ドキュメンタリーといえば、そのアーティストの音楽性を深く追求するタイプの作品も多いが、本作はフリーダ・ケリー自身のドキュメンタリーとしても楽しめる、特に女性にとっては色んな気づきがもらえる仕上がりになっている。

個人的には、オノ・ヨーコとジョン・レノンについて等々、色々もっと聞きたい気もしたが、見終わった後にはビートルズとの距離がちょっぴり近くなった気がして、何だかほのぼのとした幸せ感に浸ってしまった。どうしてフリーダが、今になって口を開こうかと思ったのか、その理由にもほろりとさせられる。(mic)

『愛しのフリーダ』は現在公開中
http://freda.jp