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筆者の住む兵庫県は、瀬戸内海側から日本海側まで、南北に広い県です。そんな兵庫県内で鉄道名所といえば、それはもう余部鉄橋(山陰本線鎧〜餘部間の余部橋りょう)でしょう。東洋一の規模を誇った、全長300mあまり、高さ41m超の鋼製トレッスル橋。谷あいの村にそびえ立ち、列車が空を横切るその姿は、一種荘厳な雰囲気さえ漂わせていました。

初めてこの鉄橋を渡ったのは、もう40年以上も前、筆者がまだ幼稚園に通っていた頃でした。家族旅行で鳥取砂丘へ行くことになり、その途中、特急「まつかぜ」で余部鉄橋を渡ることになったのです。くしくもその頃、実家にあったナショナルの扇風機が「松風」という名前で、「今度乗る電車(ディーゼルカーでしたが)とおんなじ名前やなあ」なんて喜んでいたのを、おぼろげながらに覚えています。

筆者の父「汽車は何でしょう?」
筆者(5歳)「まつかぜー!」

旅行前、我が家はけっこう浮かれていました。父は列車を「汽車」と呼ぶ世代でした。でも実際に鉄橋を渡る場面は、覚えているようないないような……。なんせ5歳、筆者がまだまだアホやった頃の話です。まあ、いまもあんまりかしこではないですが(笑)。

○大人になっても余部鉄橋の印象は強烈だった!

その後、鉄道で鳥取方面へ行く機会もなく、余部鉄橋を再度訪れたのは、もう十分すぎるほど大人になってからでした。30代半ば。仕事にくたびれた独り者の筆者は、「鉄道の日」に合わせてJR西日本が発売していた1日乗り放題切符を、うかつにもおまけで付いていたミニ列車に心を奪われ、あまりなにも考えずに買ってしまいました。その後で、「どこへ行こうか?」と考え始め、「そうだ! 鳥取砂丘行こう」と思い立ったのです。

朝早くJRの電車に乗り、福知山経由で日本海側へ。途中から非電化区間に入り、懐かしのディーゼルカーの鼓動に身を委ねつつ、車窓を楽しんでいました。でもじつは、このとき余部鉄橋のことはすーっかり忘れていたのです。行程上の大イベントなのに。

鎧駅を過ぎてトンネルを抜けた途端、いきなり視界がすかーん! と開けました。まるで空に飛び出したかのような雰囲気。鉄橋にさしかかったところでようやく、「ああっ! そうや、余部鉄橋!」って思い出した……、そんな再会だったのです。

鉄橋が架け替えられるなんて話はまだ出ていない頃でした。

普通列車を利用して、日帰りで鳥取砂丘まで行くと、時間的に行くときと同じルートでは帰ってこられません。いや、帰ってはこられるかもしれませんが、確実につらいです。その日の帰りは別料金を払って、智頭急行線経由で帰ってきました。結局、余部鉄橋を渡ったのは朝の一度だけ。でも、そのときの印象はなかなか強くて、「また近々、ゆっくり写真を撮りに行きたいなあ」という思いが残りました。

(おじま あきら)