『伊勢神宮と日本美』井上章一/講談社学術文庫

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2013年も残りわずかとなりました。この年は、20年に1度の伊勢神宮の式年遷宮にあたるうえに、60年から70年おきに不定期におこなわれる出雲大社の遷宮が重なってくるという、神社界の惑星直列みたいな年でした。
「神社についてなにも知らないくせに、神社ってなんとなく好き」で長いこと生きてきたせいで、今年もとうとう予習不足のまま、10月に伊勢神宮、11月に神在月スタート時の出雲大社に行ってきました。

楽しかった! どちらもたいへんな人出でした。当たり前です。
伊勢も出雲もおいしいものだらけだし、車なら近場に温泉もある、予習ゼロでもじゅうぶん楽しい観光地なんだけど、それはそれとして、両社について言われてきたことを知っておくともっとおもしろかっただろうな。

行く前に
「そういえば家に神宮&大社関係の未読本が何冊かあったなー、予習していこう」
と思いついて、本棚の奥から出して用意するところまではしたのに……。
結局、帰ってきて読んだ何冊かの神道・神社関連本はどれも滅法おもしろくて、
「やっぱり読んでから行ったほうがもっと楽しめたな……」
と後悔したのです。

いまから駆け込みで両社に行こうと思っているあなた。あるいは
「遷宮イヤーが終わって、あと初詣シーズンも終わってから行こうかしら。そのほうが出雲そば屋さんや伊勢うどん屋さんの店先の列の待ち時間が短そう」
と思っているあなた。
私の轍を踏まないために、あなただけは、どうかこの2冊を読んでおいてくれ。それは、
・井上章一『伊勢神宮と日本美』(原題は『伊勢神宮 魅惑の日本建築』)と、
・原武史『〈出雲〉という思想 近代日本の抹殺された神々』(いずれも講談社学術文庫)。
美人論研究でも知られる建築史家と、鉄道研究界のスターでもある思想史家が、神宮&大社について書いた快著です。

『伊勢神宮と日本美』は、20年に一度建てられる伊勢神宮について、18世紀以降どういうことが言われてきたかを、ときには論者の人間臭い感情問題にまで踏み込んで論じています。

建築史という、大学では工学部系の学問と、考古学や民族学といった他の領域とでは、神宮の建築様式についてずいぶんと違うことが言われていたこと。
内宮はある時期から、仏教伝来以前のピュアな日本のデザインだと言われがちだけど、北アジア(沿海州)や中国や東南アジアには同じ様式を持つ建物がけっこうあることが一部では早くから知られていて、でもそれを無視する建築史学者がけっこういたこと(なぜ無視? という哀しいトホホな事情にも触れています)。
最近の伊勢神宮は茶室のデザイナーがかかわっているからしゅっとしてる(垢抜けてる)のであって、遷宮のたびにいろいろ変わってしまわないはずがないだろう、ということ。
幕末・明治に来日した西洋人から見て、お寺はカッコよかったけど神社は(あのラフカディオ・ハーンから見ても)ショボく見えたのが、モダンデザインの時代になって、ブルーノ・タウトの目に「神社こそオシャレ」になってしまったこと……。

通常のクールな学説史ではまず味わえない、新鮮な読み口でした。なんというか読んでいて、ひとりひとりの論者が生々しい人間であることがわかる感じがします。600頁超が一気に読めます。

さてその神宮と天皇家の関係については、何冊か一般書を読んだだけでも歴史家のあいだで諸説あるらしいことがわかり、「いろいろあるな」と思ったのですが、その伊勢には伊勢神道の流れがあります。
ただなんとなく神社が好きだった私は、神道一般とその各流派との関係のこともかんがえてなかったなー。伊勢神道の流れは、鎌倉時代の新仏教大ブレイクに対抗するようにして「ピュアな日本」を打ち出してきたのだそうです。

でも、原武史『〈出雲〉という思想』(とか、あと菅野覚明の『神道の逆襲』とか、神道の流れを書いたいろんな本)を読んでみると、そもそも伊勢神道にせよ室町時代の吉田神道にせよ、出発点からして陰陽論だの五行説だのの影響が見られたし、江戸時代の垂加神道や国学になると、朱子学とか、あげくの果てには間接的にキリスト教とか、いろんな外来思想の影響も見られるようだというのです。

こうなると神道内に出てきたさまざまな教説や日本神話解釈の歴史も、繰り返し起こった二次創作の積み重ねのように思えます。
神道は幕末の攘夷運動や大政奉還に力がありましたが、アマテラスを祀る伊勢神道が近代の人工的な「国家神道」なるものの旗印みたいにあつかわれるようになったのは、明治に入ってから伊勢側が出雲サイドといわば覇権を争って勝利を収めた、という事情があった。
この、国学から国家神道までの少々複雑な道のりをたどったのが、原さんの修士論文を原型とする『〈出雲〉という思想』なのでした。第二部「埼玉の謎」もよかった。頭徹尾埼玉の話なのに、ちゃんと出雲論になっている!

私はもの心つくころから神社がなんとなく好きで、でも向学心がまったくなかったので、そもそも神社って何? について調べるという基本的なことをあまりしないできました。
高校時代には、将来は神主さんになりたいと思ったことが一瞬だけあったのですが、そうすると進学先の大学がものすごく限られてくるのではないかと思ってすぐにこの案を棄却してしまいました。
もちろん、進学先の大学がものすごく限られてくる、っていうこれも当然、完全に当時の私の誤解です。ちょっと調べればわかるのに。そしたらいまごろは巫女さんと同じ職場だったかもしれないのになー。
(千野帽子)