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北海道新幹線の工事にともない、2014年3月で青函トンネル内の竜飛海底駅などが廃止される。この青函トンネルを掘る男たちをテーマとした映画が『海峡』(1982年公開、東宝)だ。主演のトンネル技師に高倉健、ベテランのトンネル鉱夫たちの親方は森繁久彌、トンネル技師への思いを秘め続けるヒロインは吉永小百合。他に笠智衆、三浦友和、小林稔侍などが出演。東宝50周年記念作品にふさわしい豪華なキャストだ。高倉健の息子役として出演した高校生は中川勝彦、後に「しょこたん」こと中川翔子の父となる人だ。

○30代の高倉健が50代へ、見事に年輪を刻んでいく

青函鉄道連絡船「洞爺丸」の事故の翌年、国鉄は青函トンネルの可能性を調査するため、幅広い分野から人材を集めた技術調査委員会を設置した。その命を受けて、トンネル技師・阿久津(高倉)は津軽海峡に赴く。遭難者が打ち上げられた七重浜に献花する阿久津。そのそばで、海に石を投げつける少年がいた。その姿を見て、なにか言いたげな阿久津であった。

阿久津の仕事は石の調査だった。何年かかるかわからない仕事だ。漁船を借り、海底の石を拾い上げて分析する。海が荒れた日は海岸で石を拾う。そんなとき、岬から身投げしようとした娘(吉永)を助ける。娘は漁師相手の酒場に住み込みで働き、阿久津に想いを寄せる。しかし、阿久津には許嫁(大谷直子)がいた。もっとも、阿久津は仕事に夢中で、結婚どころではない。

調査の結果、青函トンネルの建設が決まると、阿久津は先進導坑を任される。トンネルで使用する本坑を掘る前に、調査の目的で掘るトンネルだ。これは青函トンネル工事にとって、地中を見極める目である。重要な仕事だった。阿久津は北陸トンネルで働いていたベテラン坑夫(森重)に頼み込み、故郷の九州に帰りたがっているチームを津軽に呼んだ。「かつてマンモスが渡った道を、俺たちも渡ろう」と。

度重なる出水事故、些細なミスで命を落とす坑夫。悲しむ家族。それでも阿久津をはじめ坑夫たちの前進しようとする気持ちは揺るがない。しかし、犠牲は大きい。阿久津自身も生活を犠牲にしていた。妻も病気の父も故郷に残したまま、息子は父親をいないものだと思っているという。酒を断ち、湧水に立ち向かい、ルート変更など決断を迫られる中、阿久津たちの結束は強くなっていく。その中に、七重浜にいた少年の成長した姿(三浦)があった。

大手ゼネコンが本坑の工事に参加し、現場の規模は大きくなっていく。着任から25年を経過して、阿久津の髪に白髪が目立っている。そんな阿久津のもとへ、妻から電報が届く。今度ばかりは故郷へ帰ろうと支度する阿久津。そんなとき、大規模な出水事故が発生した……。

生活のすべてをトンネル掘りに捧げた男たち、失われた命、洞爺丸事故への想いが伝わってくる。家庭を顧みず仕事に打ち込む男の姿は、女性から見れば腹立たしいだろう。その気持ちは阿久津の妻が代弁している。それでも、日本が高度経済成長へ向かう時代はこれが当たり前だった。そんなトンネル坑夫たちを支えた津軽の人情も胸を打つ。

○未完成のトンネルで、トロッコが大活躍

『海峡』は鉄道トンネルをつくる映画だけど、意外にも鉄道の風景が少ない。これは舞台が当時未完成の路線だからしかたない。その代わり、工事作業用の線路やトロッコ列車はたくさん出てくる。トロッコ好きには満足できる作品かもしれない。

懐かしい鉄道風景としては、冒頭で高倉健が歩く貨物駅にワムがびっしりと並び、鉄道貨物の隆盛時代を感じさせる。旅客列車の走行シーンは新幹線0系のみ。東海道新幹線の開業は、青函トンネル着工の1年後だ。

他の見どころは2つ。高倉健が東京の国鉄本社から津軽へ帰るときに、上野駅19番線ホームから急行「十和田3号」に乗る場面がある。1980年当時、急行「十和田」は3往復。映像では20系客車が映っている。もうひとつは雪の日の津軽線の駅。物語上は三厩駅のはずだが、ロケ地が同じかは不明。首都圏色のキハ20系気動車から、阿久津の妻と息子が降り立ち、多恵(吉永)が出迎える。

そして同作品の最大の鉄道場面といえば青函トンネルだ。工事関係者たちの30年に及ぶ努力の結晶を、いまは特急「スーパー白鳥」が約25分で通過する。北海道新幹線ならもっと速くなるだろう。『海峡』を観ると、そのわずかな時間に背筋を伸ばしたくなる。トンネルを掘った人々に感謝し、いまだ海底に沈む連絡船事故被害者に祈りたい。北海道新幹線開通前に、ぜひ観ておきたい映画である。

○映画『海峡』に登場する鉄道風景

(杉山淳一)