「あきらめたらそこで試合終了だよ」

 日本男子バスケの現状を見ても、安西先生(※)なら、そう言うだろうか?

(※)安西先生=漫画『スラムダンク』の主人公・桜木花道が所属する湘北高校バスケットボール部の監督。

 バスケットボール漫画『スラムダンク』が人気を博し、中高のバスケ部員が急増した1990年代。バルセロナ五輪でドリームチームが世界を魅了したのが1992年。田臥勇太(現リンク栃木ブレックス)が、日本人として初めてNBAのコートに立ったのが2004年。日本で世界選手権が開催されたのが2006年。日本男子バスケが飛躍する可能性を秘めたタイミングは、幾度もあった――。

 そして2013年8月、日本男子はアジア選手権を9位で終えた。その1ヵ月後、2020年に東京での五輪開催が決定。「五輪をきっかけに、日本のバスケも飛躍するはず......」と考えるのは、楽観的過ぎる。IOC(国際オリンピック委員会)は開催国の出場に前向きだが、FIBA(国際バスケットボール連盟)は、相応の実力がない国の出場に関して後ろ向きのスタンスを取っている。アジア9位の現状では、出場国枠が保証される可能性は低い。実際、ロンドン五輪でのイギリス女子代表は、アメリカ人コーチを招集してチーム力の底上げに尽力し、ようやく開催国枠を手にしたと言われている。少なくとも日本男子は、アジア3位までの成績を残さなければ、自国開催でありながら出場枠を獲得できないというのが、多くの識者の見解だ。

 実状、日本人バスケット選手はサッカー選手のように、世界のトップリーグでプレイできる可能性が大きく開けているわけではない。

「うまくなりたい」

 そう強く思い焦がれるバスケットボール少年たちの熱量は、いつかどこかで霧散する。

 それでも、希望と言うには頼りないものの、微かな光も差し込んでいる。

 昨年、JBA(日本バスケットボール協会)は、ジュニア世代(小学生〜高校1年生)の長身者・長身候補者を公募し、『ジュニアエリートアカデミー』を立ち上げた。2年目となる今年は、トライアウトを開催してメンバーを選考。選ばれた15名が、10月から来年6月まで計6度、2泊3日のキャンプを東京都北区にある味の素ナショナルトレーニングセンター(※)で行なっている。

(※)味の素ナショナルトレーニングセンター=文部科学省が管轄する日本のトップレベル競技者用トレーニング施設。

 ジュニアエリートアカデミーのプロジェクト長、佐々木三男氏は言う。

「長年の日本バスケットボール界の希望であり、課題であった計画がようやく走り始めました。2020年に向け、ジュニア世代の育成は急務であり、大変な挑戦です。若い選手たちだけではなく、育成環境を整えるために、まずは大人が覚悟を持たなくてはいけない。将来が明るいものでなければ、才能ある選手も、バスケットに留まってくれないでしょう。もはや、待ったなしの状況です。このプロジェクトは、今はまだ小さな事業ですが、少しでもその効果を全国に波及させていきたいと考えています」

 ジュニアエリートアカデミーの練習を指揮するのは、トーステン・ロイブル(JBAスポーツディレクター)だ。ロイブル氏は、ドイツのプロAリーグでのヘッドコーチや、U−16ドイツナショナルチームのコーチを務めた経歴を持つ。日本でも、トヨタ・アルバルクをリーグ優勝に導き、コーチ・オブ・ザ・イヤーに輝いている。

「私は、日本のバスケットボールの可能性に関して、決して悲観していません。特にジュニア年代は、相当な可能性を秘めていると思います。まず、競技人口が多い。日本の中学生の競技人口は、ドイツ全体のバスケット人口よりも多いのです。それだけ可能性がある。また、これだけの数の選手が、しかも勤勉にバスケットに取り組んでいるのは、日本だけです。現に私は、世界で活躍できたのではと思える選手を、過去何人も見てきました。ただ、彼らはポテンシャルを最高値まで発揮できなかった。世界で通用する選手になるためには、勤勉さとハードワークだけでは不十分なんです」

 では、日本バスケには何が欠けているのか? ロイブル氏は、こう続ける。

「『Right things right time』。正しいことを、正しい時期に教えること――。ジュニア世代の育成が非常に重要です。能力を持った選手は数多くいる。それは強いベースです。しかし、ベースがあっても、正しい育成をしなければ、世界で通用する選手には育ちません。現状、日本の選手は技術を身に付けるまでの時間がかかりすぎている。ヨーロッパでは17歳でトップリーグにデビューします。それが、日本では22〜23歳。5年もの差が生まれています。技術の獲得を、もっと早めていかなければなりません。しかし一方、こうも言えます。どんな時でも、あきらめるには早すぎる。そして、『Nothing beats hardwork』、ハードワークに勝るものはない――という格言は、私の人生の教訓でもあります。成功の秘訣は、51%のハードワークと、49%の才能です。通常、才能とハードワークは合致しないことが多いものです。私は様々な選手を指導してきましたが、溢れる才能を持ちながら、ハードワークを続けた選手を、ひとりしか知りません。それが、ダーク・ノビツキー(現ダラス・マーベリックス)です」

 正しいことを、正しい時期に――。実際、昨年ジュニアエリートアカデミーに参加し、ロイブル氏の指導を受けた15名の選手の中から、すでに2名がU−16に選抜されている。そのうちのひとりは、所属する中学が、県大会出場すらままならないチームの選手だった。そのため、バスケ強豪校ではない高校への進学を考えていたものの、エリートアカデミーで刺激を受け、「もっと上を目指したい」と、強豪校に進学を決めている。

 数こそ少ないが、『Right things right time』を求め、アメリカに渡った選手もいる。松井啓十郎(現トヨタ自動車アルバイク東京)は、小学生時代からアメリカのバスケキャンプに参加。中学時代、1年生はボールを持たせてもらえないという日本独自の習慣に馴染めず、インターナショナルスクールに編入。その後、渡米して強豪モントロス・クリスチャン高でプレイ。さらに、日本人男子として初となるディビジョン気離灰蹈鵐咼大でもプレイした。大学時代、対戦経験のあるジェレミー・リン(現ヒューストン・ロケッツ)について、彼はこう言う。

「彼と同じくらい速い選手は、日本人にもいる。でもリンは、フィニッシュの技術が圧倒的に高い。アメリカでずっとプレイしたからこそ身についた技術であり、武器だと思います。たしかにアメリカのレベルは高い。でも、『これだけは負けない』という自分だけの武器を磨けば、道は必ず開けると思います」

 伊藤大司(現トヨタ自動車アルバイク東京)も、自らの意思で海を渡ったひとりだ。全中準優勝、大会ベスト5に選出された経歴を持つものの、一足先に留学していた兄が一時帰国した際、1on1をすると、その上達具合に驚き、インターハイやウィンターカップでの活躍よりも渡米を選んだ。もちろん、アメリカに行くだけではうまくなれない。伊藤は、「運も良かった」と謙遜するが、当初、留学した高校のBチームだった伊藤は、「Bチームでやるために日本から来たんじゃない。練習だけでいい。Aチームに参加させてほしい」と、コーチに直談判した。そして、Aチームの練習に参加。直後、故障者が出たため、正式にAチームに昇格した。たしかに、運もあった。ただ、それを掴み取るために手を伸ばしたのは、伊藤自身だ。高校時代、ケビン・デュラント(現オクラホマシティ・サンダー)とチームメイトだった伊藤は言う。

「バスケがうまくなるために、何が正解かなんて分からない。ただ、レベルの高いアメリカでやることは、僕にとっては間違いなくプラスでした」

 もちろん、どれだけ強い向上心があっても、誰もが自費で海外留学できるわけではない。だが2006年に『スラムダンク』の作者・井上雄彦氏が設立し、現在まで6名のプレイヤーを奨学生としてアメリカに送り込んでいる『スラムダンク奨学金』という道もある。井上氏は言う。

「バスケットとの出会いがあったからこそ、『スラムダンク』という漫画を描くことができ、漫画家になることができました。バスケが僕の人生を変えたと思ってます。日本バスケへの恩返しのつもりで、『スラムダンク奨学金』を設立しました。留学先のサウスケントスクールは、アイザイア・トーマス(現サクラメント・キングス)、ドレル・ライト(現ポートランド・トレイルブレイザーズ)、アンドレイ・ブラッチ(現ブルックリン・ネッツ)など、のちのNBA選手を多数輩出している強豪校です。奨学生には、日本では経験できない環境に身を置くことで、さらに成長してほしい。アメリカの同年代のトップレベルの選手と日々プレイして肌で感じることが、NBAがどのくらいの位置にあるのかを正しく想像し、我が日本バスケがどの位置にあるのかを正しく認識することにもつながると思います。その貴重な経験を、ゆくゆくは日本バスケを強くするために役立ててもらえたら最高です。2020年東京五輪にはぜひとも出場してほしいし、勝ってほしい。あとに続く世代に闘う姿を見せてほしいと願ってます」

 日本バスケの未来のために、育成環境をより充実させるのは大人に課せられた急務だ。しかし、「もっとうまくなりたい」と思っている中学生や高校生のプレイヤーが、もしもこの記事を読んでいるのなら伝えたい。その道は、細く険しいものかもしれない。それでも、冒頭の安西先生の言葉は、君を裏切らない。そして、レイブルコーチの言葉を借りれば、「どんな時でも、あきらめるには早すぎる」。

 高校、大学、プロ、そして7年後の......。どんなユニホームを着て、どんなコートでプレイしているのか、それを決めるのは、今の君だ。

水野光博●構成・文 text by Mizuno Mitsuhiro