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古来より伝わる日本の伝統技術の粋を集めた日本刀。切れ味抜群の武器としてはもとより、その美しさから芸術品としても重宝され、時の権力者や武士に愛された。その由緒ある日本刀を正しく理解してもらうことに努めている、刀剣博物館を今回は紹介する。

○刀剣類や刀装、刀装具などを約190点収蔵

東京都屈指の繁華街からほど近い、渋谷区代々木。小田急線の参宮橋駅から住宅街方面へと歩くことおよそ10分。遠くからでも一目でわかるほどの大きな文字が刻まれた、白塗りの建物が見えてくる。日本美術刀剣保存協会が1968年(昭和43年)に設立した刀剣博物館だ。刀剣類や刀装、刀装具、甲ちゅう、古文書など約190点を収蔵している。

○GHQの武器没収から日本刀を守るために協会を設置

同館の設立は、第2次世界大戦後直後のGHQによる武器没収に端を発する。このとき、1,000年以上の歴史を持つ日本刀の文化が全滅しかけたことを危惧し、1948年(昭和23年)に文部大臣(現文科大臣)の認可によって、日本美術刀剣保存協会が設立された。そして、会員の協力合資を基礎として、1968年(昭和43年)に同館を設置した。

同協会は、刀剣博物館で美術工芸品として価値ある刀剣類を保存・公開したり、日本刀の鍛造・研磨・刀装製作技術などの保存や向上に努めたりしている。同協会の活動への理解、賛同は徐々に広がり、国内の会員は約5,000人、全国の支部は80以上にまで膨れ上がった。そして現在、同博物館の来館者は年間1万4,000人を超えるようにまでなった。

○近代製鉄法では作ることのできない日本刀の原料・玉鋼

意外かもしれないが、日本刀は今なお製作されている。ただ、その原材料となる玉鋼(たまはがね)を、古来より伝わる方法で造ることができる製鉄所は、島根県仁多郡(にたぐん)奥出雲町にある「日刀保たたら」しか現存しない。玉鋼は、日本刀を作るのに最適な炭素量で不純物も少なく、日本刀作りには欠かせない。それを産み出す「たたら吹き」は、炭で熱した炉に砂鉄を入れて和鉄を作る製鉄法だ。

だが、第2次世界大戦後にこのたたら吹き製法が途絶えてしまった。一流の刀工のための材料枯渇を危惧した同協会は、1977年(昭和52年)に一度は廃れた「靖国(やすくに)たたら」を日刀保たたらとして復活させたのだ。

たたらによる玉鋼の製造は、「村下(むらげ)」と呼ばれる長(おさ)を中心に少数精鋭の熟練工によって行われている。

まずは粘土で炉を作り火をくべる。灼熱(しゃくねつ)の炎の中へ30分ごとに「真砂(まさ)」と呼ばれる良質な砂鉄と木炭を装入。炉から流れ出てくる鉄滓(てつさい)の出方によって砂鉄の溶け具合を判断しながら、投入作業を3日3晩続ける。その間に投入される砂鉄は約10トン、木炭は約12トンにのぼる。それが終わると、粘土でできた炉をくずし、炉の底にできた(けら)と呼ばれる、約3トンにもおよぶ鉄塊を取り出す(噂个)。この韻砲蝋櫃篥瓦覆匹含まれているが、冷却させた後に細かく破砕し、玉鋼を取り出す。最終的に得られる玉鋼は約1.5トンだという。

数百年以上もさび一つ浮かべることなく光彩を放ち続け、周りの空気さえ切り裂いてしまいそうな日本刀の数々。その根幹を支えているのは、今なおいにしえの製法と伝統を守り続ける村下たちと言っても過言ではない。

○「心鉄」と「皮鉄」の2種類の鉄で作刀

武器としての日本刀は「折れず、曲がらず、よく斬れる」という性能を兼ね備えていなければならない。その機能を可能としているのが「心鉄(しんがね)」と「皮鉄(かわがね)」の2種類の鉄の組み合わせだ。

「例えるのであれば、刀の中心は『折れない』という意味で針金のような柔らかさを持った鉄、その周りは『割れない』という意味でガラスのような硬さを持った鉄が用いられています」と、同博物館の学芸部調査課・田中宏子さんは話す。炭素量の少ない心鉄を、玉鋼を用いた皮鉄で包んで鍛錬することで、武器としての日本刀の特性を実現させた。

○日本刀の鑑賞ポイント「姿」「地鉄」「刃文」

美術品としての日本刀は、何と言っても美しさを兼ね備えていなければならない。至高の美を楽しむためのポイントは「姿」「地鉄(じがね)」「刃文(はもん)」だ。

まずは「姿」。そりが高くて刃を下にして腰に構える「太刀」(平安時代後期〜室町初期)、太刀よりやや短く、刃を上にして腰に構える「刀」(室町中期以後)など、刀身の長さや刃のそり具合は、刀が生まれた時代や武士の闘い方を反映している。また、強度を保ちつつ切れ味を良くするための「「鎬造(しのぎづくり)」という形状や、刀の質量を軽くするための「樋(ひ)」と呼ばれる溝など、無駄のない洗練された姿の中に、数多くの機能が備わっている。

「地鉄」は刃文以外の部分をさす。この地鉄の美しさは、鉄を何度も鍛え上げながら接合させていることに由来する。日本刀の心鉄と皮鉄を形成する際に、鉄に縦と横に切れ目を入れては折り返し、そこから一枚に伸ばすという作業をそれぞれ10数回繰り返す。その工程によって鍛え上げられた地鉄の肌の美しさは、板目や杢目(もくめ)など様々な文様があり、流派が出やすいという。

「刃文」は、刃を丈夫にするための焼き入れの技術によって生ずる模様のこと。製作時代や刀工の系統などが色濃く反映されており、個性も出やすいという。刃の中央に光を当ててみると、うっすらと幻想的な模様が浮かび上がってくるが、遠目からでは見えない。「日本刀の美しさは、手にとってみないことにはしっかりとわからないと思います」と田中さんは話す。

○華麗な装飾と精巧な造形の刀装具の数々

刀身の保護のために作られた拵(こしらえ)、いわゆる刀装にも、日本の伝統工芸の技術が集約されている。精巧な彫刻デザインが美しいつばやまばゆい蒔絵(まきえ)を施した鞘(さや)などは「鞘師」「塗師(ぬし)」「金具師」などの専門職人が作り、各パーツが集約されて一つの拵になる。日本の伝統美の結晶と言えるのが拵だ。

○「太刀 銘 延吉」「太刀 銘 国行(来)」など、国宝の重厚感を堪能

館内では刀と刀装具の数々をじっくりと鑑賞することができる。同館には国宝、重要指定文化財、重要美術品としての刀剣が展示されている。展示できる作品は時期によって異なり、特に国宝はその希少性や保管の難しさから展示期間が限られている。

これから紹介する国宝や重要指定文化財も常設ではないが、いつ訪れても何らかの刀剣と拵は必ず展示されている。そのような博物館は、国内でもまれだ。

同館は国宝の刀剣を複数所蔵している。その一つが「太刀 銘 国行(来)」だ。鎌倉時代中期に活躍した、山城の国の名門来派の祖とされている国行の作品。しっとり潤いのある地鉄の中に、気品を感じさせる一振りだ。

腰元に浮かび上がる樋中三鈷付剣の彫りも精巧で美しい。

「太刀 銘 国行(当麻)」は、穏やかな直刃調の刃文や喰い違い刃が特徴だ。

同じく国宝の「太刀 銘 延吉」は鎌倉時代後期の作品。延吉の作品は大和(やまと)気質(かたぎ)と備前気質の2パターンがあるが、この1本は備前気質が顕著に出ている。地刃が明るく冴(さ)えている、会心の作だという。

国宝ではないが、重要文化財に指定されている日本刀も多い。

つばは地域色が強く出ており、造形の違いや色彩の妙が楽しめる。

○幅広い層に日本刀に興味を持ってもらえるためのイベントを展開

年間1万人を超す来館者が訪れる刀剣博物館だが、外国人の姿が目立つ一方で、日本人の来館者は中高年層に偏っている傾向があるという。そのため、同館は日本刀に広く興味を持ってもらえるよう、ギャラリートークなどのイベント活動も行っている。

田中さんは「協会の支部が全国各地にあるのですが、依頼があれば支部へと日本刀を持って鑑賞会を行うといったこともしています。日本刀が1,000年以上も受け継いできた、歴史と文化というものを感じてもらいたいですし、興味をもってもらえる方の対象を広げていきたいですね」と話す。現在は陳列された日本刀を近くで鑑賞するというスタイルだが、いつかは手に持って鑑賞してもらうことで、日本刀の"息吹"を肌で感じてもらうこともできたらいいと考えている。

古来の日本人から受け継いできた伝統工芸である日本刀は、間違いなく世界に誇れるものだ。ビジネスの世界や人間性などにおいてグローバル化を礼賛する昨今だが、自国の文化を知らない人間が語るグローバリズムほど空虚なものはない。日本人としてのルーツを再発見できる場所。その一つに名を連ねるのが刀剣博物館だろう。

「刀剣博物館」
開館時間:10〜16時半(入館は16時まで)
休館日:月曜日と年末年始
料金:一般600円、会員・学生300円。中学生以下無料
住所:東京都渋谷区代々木4-25-10

(栗田智久)