■まずは失点しないことに重きを置いた京都

京都サンガF.C.がV・ファーレン長崎とのJ1昇格プレーオフ準決勝に引き分け、決勝進出を決めた。京都会場は0-0、徳島会場も1-1と、ともに引き分けで、レギュレーションにより年間順位で優位に立つ3、4位の上位チームが抜けていったところに今季の特徴がある。昨年は二会場とも下位のアウエーチームにホームの上位が0-4で敗れる結果となった。

昨年と今年の結果を比べるとまるで正反対、大きな違いだ。京都も徳島ヴォルティスも相手に押し込まれたがゆえの我慢のディフェンスになった面もあるが、まずは失点しないことに重きを置いていたことは確かだ。

センターバックの染谷悠太は「相手の圧力が高くてボランチまでつないだとしてもその先で詰まる(のでつながずに蹴った)。自分たちのスタイルを貫きながら全体としてゼロで終えることはこのプレーオフにかぎらずどの試合でも大事だと思います」と言っていた。

京都の選手たちが後半45分に達しないうちからコーナー付近でボールをキープして時間を稼ぐさまを見て、まだキープに入るのは早すぎるのではないか、守りきれないのではないかと思って観ていたが、最後まで守りきった。そこには、鹿島アントラーズが乗り移ったかのようなリアリズムが漂っていた。

状況が「いいサッカーをするチーム」から「強いチーム」への脱皮を強制的に促したのかもしれない。土台づくりが実って後半戦に勝利を重ねて天皇杯準優勝にこぎつけたJ2降格初年度、年間3位に入りながらもJ1昇格プレーオフの初戦で敗れた昨年を経て、今年こそはJ1昇格が至上命題。J1に上がらないことにはサッカーの内容を云々する資格も得られない。まずは上がること。

J2第41節で京都が単独3位を決めた時点で、残りのリーグ戦一試合+J1昇格プレーオフ二試合を「1敗2分け」で乗りきれば、J1に昇格できることも決まった。

戦略シミュレーションゲームの勝利条件ふうに言うなら「3勝」から「1敗2分け」までのいずれかでよい。三つ勝たなくとも勝利条件は達成できることを、京都は大木武監督から選手一人ひとりに到るまでがよく理解していた。大木監督は「0-0でいいとは思いません。点を獲りたい気持ちはある。ただその前に点を獲られたらおしまいだという気持ちもありました」と共同記者会見で語った。

■秋本「結果が全てと覚悟を決めていた」

精神的な準備の点では、秋本倫孝の言葉が、もっとも選手たちの本音を明確に表現している。彼は試合後のミックスゾーンで次のように言っていた。

「つないで喰われて3点、4点を失って負け、自分たちのサッカーをやりました、で納得できますか? それでは去年と変わらない。きょうは勝ち抜くことだけを考えてやっていました。結果がすべて。きれいごとは言っていられない。徳島とか千葉とかもう、関係ないですね。自分たちはJ1に行かないといけないと思いますし、やるしかないので。覚悟を決めていたと思います、みんな。もうやるしかない、絶対行くぞ、という」

ひとたびプレーオフの戦い方を呑み込んだ以上、今後、上位チームがヘマをする確率は下がるのではないだろうか。

それにしても、京都にとっては苦しい試合だった。正直なところ、相手シューターとの至近距離での1対1を二度、三度と制したオ・スンフンのスーパーファインセーブがなければ結果はどうなっていたかわからないし、長崎に強力なフィニッシャーがいたら負けていた可能性が高いが、しかし京都の守備意識が高かったのは紛れも無い事実だ。ハイラインハイプレッシャーを志向する長崎の圧力はキックオフからタイムアップまで高く、京都は相手陣内に攻め込めずに、押し込まれる時間が長かった。

それでも京都の守備は決壊しなかった。オーバーラップを自重して守備に追われていた福村貴幸は言う。
「入り方は去年と違った。J1昇格プレーオフを去年に経験しているのとしていないのとでは違うと思う。雰囲気もそうだし。引き分けでも上がれる。去年の教訓を活かしてやることができたと思う。みんなすごく粘り強い守備をしていた。ぼくもオーバーラップせずにうしろで固めるかたちが多かった」

センターバックの場合、攻撃参加はビルドアップということになるが、つなぐのも蹴るのも難しい押し込まれた状況で、結果的にパスを自重してクリアが多かった。バヤリッツァは次のように言う。

「試合前から長崎がどういうプレーをしてくるのかわかっていましたし、どうすれば自分たちが上に行けるかもわかっていた。結果的に“勝点1”を集中して獲り、次のステップに進みました。ベリーハードゲーム、ノットメニーチャンス。なかなかチャンスをつくれず押し込まれてしまったなかで耐え、最終的には判断とかタクティクス云々よりも上がるためのことをしよう、ということでした。長崎はハイプレッシャーをかけてきていましたし、ボールを逃がすことも大切でした」

センターバックの相方、染谷悠太の談話からも攻撃の比率を下げて守備に集中していた点がうかがえる。
「ゼロに抑えられたのがよかった。ディフェンスだけでなく全体にそういう意識があった。欲を言えばもっと攻撃の時間をつくりたかったですけど、それは相手があることなので。中でしっかり声を掛け合ってかんたんにはやられないという雰囲気を出していた」(染谷)

■J1に絶対に上がる、という強い意志

セットプレーに弱い京都が、何度も長崎にコーナーキックを蹴られ、奥埜博亮のキックが回を重ねるにつれて精度を増してきていたにもかかわらず、それを耐えしのいだ点も、京都の脱皮を感じさせる。

「コーナーキックやクロス対応の問題は常につきまといますが、今週の練習でもターゲットを絞ったところの意識を高めていたことが結果にあらわれた。それはいいが、コーナーにまで行かれているところを次に改善したい。セットプレーはフリーでボールを蹴ることができるので精度の高いボールが来たときにピンチになる。ではどうやって防ぐかといえばボールに対してどう反応できるか、極論を言えば相手にさわられなければ失点しないので、そこはチームとしてしっかりできた」

京都は途中で守備のやり方を変えた、と大木監督は言った。具体的には1アンカー2インサイドハーフだった中盤がドイスボランチになり、左サイドハーフに駒井善成が入った。これはフクアリでのリーグ戦でジェフユナイテッド千葉のサイド攻撃を封じたときに似た布陣だ。駒井がベンチから伝えられた指示を教えてくれた。

「相手のウイングバックの金久保(順)選手を抑えてくれ、と。1対1のガチンコで負けるなと言われたし、まあでも、そこには自信があるので」(駒井)

相手のサイド攻撃機会を減らした殊勲の駒井はボールを持てばドリブルで敵陣内につっかけ、フィニッシュを避けてボールをキープした。駒井は、後半40分にかかる前からキープしようと思っていた、と告白した。

そのように守勢にまわったのはチーム全体に備わった覚悟によるところが大きいが、それでもやはり、前から果敢にプレッシャーをかけてきていた長崎を褒めなくてはならないだろう。秋本は脱帽といったていで次のように激賞した。

「入りはもうちょっとつなごうという感じがありましたけど、長崎のプレッシャーが早くて。前に出てくる力が強かった。それを一年間やってこれたからこの位置にいる、ほんとうにいいチームだと思います、長崎は」

決勝の相手は京都サンガF.C.と人材の行き来が多い徳島ヴォルティスだ。しかし準決勝のヒーローとなったオ・スンフンは「徳島は以前に所属していたチームだという意識はあるが、勝負は勝負なので、しっかり勝って、J1に行ってみんなで笑えるようにしたい」と、秋本同様、相手がどこだろうと関係ない、J1に絶対上がる、という意思をあきらかにして、昇格にまい進する構えだ。

昨年は踏むことができなかった国立のピッチを、思い出づくりの意味の思い出ではなく、卒業式の思い出にできるか。J1昇格プレーオフ初戦で見せた「覚悟」を、さらに強いかたちで表現できれば、その先に日本最高峰の舞台が待っている。

■著者プロフィール
後藤勝
東京都出身。ゲーム雑誌、サブカル雑誌への執筆を経て、2001年ごろからサッカーを中心に活動。FC東京関連や、昭和期のサッカー関係者へのインタビュー、JFLや地域リーグなど下位ディビジョンの取材に定評がある。著書に「トーキョーワッショイ」(双葉社)がある。

2012年10月から、FC東京の取材に特化した有料マガジン「トーキョーワッショイ!プレミアム」をスタートしている。