橋本内閣と安倍内閣での消費税率引き上げ環境の違い
最悪のタイミングで実施された橋本龍太郎内閣での消費税率引き上げと、今回決断された安倍晋三内閣の引き上げ決定の背景はまったく異なっていると認識すべきだ。

10月1日に日銀の9月企業短期経済観測調査(短観)が発表され、業況判断指数が大企業製造業で市場予想を上回るプラス12となるなど景気が回復していることを示す結果となりました。

これを受けて同日夕方の閣議で、消費税率を法律通り来年4月から8%に引き上げることや、新たな経済対策の策定が決定され、その後に安倍総理が自ら記者会見を行ない、アベノミクスによって回復の兆しを見せている現状を踏まえ、消費税率の引き上げとともに大胆な経済対策を実行することで、経済再生と財政健全化の両立を図っていく決意を示されました。

9月29日に発表された日本経済新聞社とテレビ東京による「消費税率を来年4月から8%に引き上げることについて」の世論調査結果では、賛成47%・反対48%とまだ少し反対が上回るような状況でしたが、この反対していた向きにおいてはかつての橋本龍太郎内閣時の悪い思い出を挙げるような人も結構いるようです。

すなわち、2年ほど前に安倍総理も指摘しているように、阪神・淡路大震災後の景気回復軌道にあった97年に橋本政権は消費税増税に踏み切り、消費税収こそ当初は増えたものの国民負担の増大で日本経済は腰折れし、所得税収と法人税収が激減したということですが、あのときと今とでは状況がまったく違うということを、私たちはきちっと認識しておかねばなりません。

あのときの増税判断というのは、まさに銀行を中心とした日本の金融機関が不良債権問題にあえいでいる最中であり、そしてまた国際的に見ても、97〜98年頃にアジア経済危機が起こるという状況の中で下されたもので、タイミングが非常に悪かったということがまずひとつあります。

そのうえ、あの橋本内閣による最悪のデシジョンメーキング(意思決定)というのは、消費税率が3%から5%に引き上げられただけでも国民は5兆円の負担増を強いられるにもかかわらず、さらに特別所得減税打ち切りによる2兆円と医療費の自己負担増による2兆円も併せて行なわれ、総額9兆円程度の負担増がなされたということです。

だからこそ、あのとき当時の米国クリントン大統領から「ばかげた増税」と批判され、結果として日本経済の成長は腰折れしたわけですが、10月1日の新聞朝刊で報道されたように、今回はむしろ7300億円(企業の投資を促す減税)、1600億円(賃上げ促進税制の拡充)、1100億円(住宅ローン減税の拡充)、そして約9000億円(復興特別法人税の1年前倒し廃止)ということで、減税規模がだいたい2兆円に上るという話です。

さらには公共投資や震災復興事業といったことに対しても3兆円以上の措置がとられ、新たな経済対策の規模は総額5兆円に上るということですし、あれだけ法人実効税率の引き下げと言っていたわりに少し引っ込んだ感じはしますが、これも「速やかに検討を開始する」ということで別に「ノー」としているわけではありません。

97年の消費税増税との違いは、こうした政府・与党の政策的対応の相違だけではありません。

2020年の夏季オリンピック開催地として東京がIOC(国際オリンピック委員会)によって正式に選定され、その準備がこれから始まっていくわけです。

オリンピック関連投資だけでなく観光など日本全体に及ぶ間接的効果も含めると、オリンピックまでの7年間での経済効果は少なくとも30兆円は下らないと思いますし、うまくいけば50兆円規模に膨らむ可能性もあると私はみています。したがって、97年当時とはまったく環境が違うという認識が正しい認識だろうと思われ、ゆえに私も法制化されていた通りの消費税増税に踏み切るべきだと考えていました。

以前に私は、『荘子』斉物論などに出ている「朝三暮四」ということ、すなわち「中国、宋の狙そ公こうが、飼っている猿にトチの実を与えるのに、『朝に三つ、暮れに四つやる』と言うと猿が少ないと怒ったため、『朝に四つ、暮れに三つやる』と言うと、たいそう喜んだ」という故事に倣い、増税の幅について最初は3%ではなく2%にし、その後3%にする(まず5%から7%に引き上げ、その後7%から10%に引き上げる)ということができないものかとも考えていましたが、2020年の東京オリンピック開催が決まったおかげで、もはやその必要はなくなりました。

先月発表された4〜6月期のGDP(国内総生産)改定値が年率換算で3・8%増(速報値は2・6%増)に上方修正され、日銀短観が予想以上の好結果だったという必要条件、そして東京オリンピック招致が成功したという十分条件がともに満たされた現況において、またさらに前述したようなさまざまな手を一応景気対策として打っていくというのであれば、あの97年の悪い思い出を今ここで持ち出すのは妥当ではないと私は考えています。

北尾吉孝(きたお・よしたか)
SBIホールディングス代表取締役執行役員社長

1951年、兵庫県生まれ。74年、慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。78年、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。野村證券で事業法人三部長等を経たのち、95年にソフトバンク入社、常務取締役。99年、ソフトバンク・ファイナンス社長。現在、インターネット総合金融グループを形成するSBIホールディングスの代表取締役執行役員社長。『何のために働くのか』(致知出版社)など著書多数。「face book」にてブログを執筆中。




この記事は「WEBネットマネー2013年12月号」に掲載されたものです。