「上履き」が売れている──といっても、子どもが学校で履くあの室内履きのことではない。履きやすく、脱ぎやすい。それでいて長時間履いていても疲れにくい、室内用シューズ・「大人の上履き」だ。この商品は、ベテラン営業マンの30年にもおよぶ夢と努力が実を結んだものだった。

 シューズメーカーのムーンスター東京支店東京販売第二部の西迫哲哉が、営業先の靴専門店の店主から意外なひと言を聞いたのは、2011年の春のことだった。

 少子化の影響で「上履き」の売り上げがさぞかし減っているだろうと思っていた西迫に、店主はこんなことをいったのである。

「最近、上履きが売れているんですよ。しかも、買っていくのは子どもじゃない。大人なんです」

 大人用の大きなサイズの上履きが売れているというのだ。不思議に思った西迫は、他の靴専門店にも聞いてみた。すると、どの店からも同じ答えが返ってきた。

「上履きが子どもに売れない日はあっても、大人に売れない日はありません」という店さえあった。

「大人がなぜ上履きを買っていくのか?」

 さっそく調べてみると、興味深い事実が判明した。公共施設や病院などで屋内用の履き物が必要な場所では、スリッパは躓きやすいため敬遠される。スリッパを禁止している医療施設も多いという。そういった場所では、履きやすく価格も手頃な上履きが重宝されている──というのだ。

「でも、市販されている上履きは、あくまでも子ども向けの商品。大人向けのデザイン、履き心地の上履きがあれば売れるはずだ!」

 子どもの足に比べて酷使され続けてきた大人の足は、さまざまな形状が存在する。千差万別の大人の足を優しく包み、着脱しやすくするため、柴田は伸縮性の高い立体メッシュ素材を採用することにした。

 歩行時の足への負担を軽減するためには、ソールの素材も重要である。白羽の矢が立ったのは、同社が独自に開発した衝撃吸収材、ベステックだった。ベステックは同社の高級シューズにしか採用されていなかったが、耐久性があって滑りにくく軽い。まずはコストよりも、靴としての基本性能を優先させることにしたのだ。

 外観は「大人の上履き」らしく、2タイプがデザインされた。ひとつは、甲部がゴムバンドになっているスリッポンタイプ。ゴムバンドを生地で覆って隠すことで、子ども向けの上履きに見えないよう工夫した。

 そしてもうひとつは、甲部をバンドで留めるタイプ。こちらは甲の高さに合わせて調整できる。2013年3月、西迫が企画書に記したコンセプトどおり『大人の上履き』と名付けられ全国で発売されるや、計画の倍を超える受注を記録する大ヒット商品に。

「こんな商品を待ち望んでいた!」

 そんな声が数多く届けられた。

■取材・構成/中沢雄二(文中敬称略)

※週刊ポスト2013年12月6日号