今週はこれを読め! ミステリー編

 リース・ボウエンという素晴らしい作家がいる。これまで二つのシリーズが邦訳されていて、最初に出たのは『口は災い』(講談社文庫)という作品だった。これは20世紀初頭のニューヨークを舞台にした歴史ミステリーで、故郷のアイルランドでやむをえない事情で人を殺してしまった女性が主人公だった。彼女は大西洋を渡り、ニューヨークでたくましく生きていこうとする。その姿が多くの読者の共感を呼んだのである。

 そして第2のシリーズが、現在原書房のコージーブックスから出ている〈英国王妃の事件ファイル〉だ。この作品も歴史ミステリーで、1930年代のイギリスが舞台である。主人公のジョージアナ(ジョージー)は公爵家の出身で、英国王(当時)ジョージ五世とも親戚関係にある。34番目と低いながら王位継承権があり、本当の名はヴィクトリア・ジョージアナ・シャーロット・ユージーニーとものものしい。ただし一つ問題があって、彼女は一文無しなのである。

 位は高いものの暮らし向きは楽ではない彼女の両親は、ジョージーをヨーロッパの貴族に嫁がせることを思いついた。まるで魚のような風貌のお相手が気に入らず、ジョージーは家出する。そして、自らの手で金を稼いで自活しようと思い立つのだ。そのために選んだ仕事がなんとメイド。王位継承権者(34番目だけど)がメイド、という意外性がいいではないですか。もちろん仕事は楽ではなく、彼女は現実の厳しさを思い知らされることになる。

 第1作『貧乏お嬢さま、メイドになる』が出たのが今年の5月で、最近になって第2作『貧乏お嬢さま、古書店へ行く』が刊行された。

 今回もジョージーは、英国王妃から難題を押し付けられることになる。ドイツ、バイエルンの王家から18歳の王女がやって来ることになった。彼女がロンドンにいる間、ジョージーの家に泊めて面倒をみろというのである。ジョージーの家には使用人の一人もなく、それどころか自分自身がメイドとして日銭仕事を請け負っている始末だが、王妃の命令では断れない。やむなくジョージーは祖父夫妻に執事と料理番として振る舞ってもらうように頼み、それらしい居館の姿をでっちあげた。だが、いざやってきたお姫さま、ハンネローレことハニ王女は、それまで修道院にいたという触れ込みを疑いたくなるほどの、開放的な少女だった。彼女に振り回されている間に、ジョージーは二つの変死事件に遭遇してしまう。

 このシリーズのもう一つの魅力は、サイドストーリーとしてジョージーの恋愛模様が描かれることにある。とはいえ今のところ、そっちの方面は開店休業中もいいところ。だからハニにこんな風に押されてしまうジョージーであった。

 
「あなたは世慣れた人。だから、ワージンじゃない」

「ああ、ヴァージンのことね。いいえ、残念ながら、わたしはまだヴァージンなの」

「それは良くない」ハニはわたしに向かって指を振った。「わたしみたいに若ければ、十八歳なら、男の人たち、わたしが処女であるのを喜ぶ。でも、あなたみたいな年取った人は、だめ。男の人たち、あなたはどこかおかしいと考える」

「わたしはそんなに年取ってないわ。八月で、やっと二二歳になるのよ」


 ムキーッというジョージーの叫びが聞えてきそうではないですか。この「ヴァージンじゃつまらない」(byおニャン子クラブ)論争の行方はどうなることか。事件の成り行きと同じくらい、いや、それよりもっと気になるのである。

(杉江松恋)

『貧乏お嬢さま、古書店へ行く (コージーブックス)』 著者:リース ボウエン 出版社:原書房 >>元の記事を見る

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