バンコクのほとんどのアパートはベッドやクローゼット付き。シーツさえあればその日から入居できる(写真は本文と関係ありません)【撮影/DACO編集部】

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バンコクの日本語情報誌『DACO』の発行人、沼舘幹夫さんは在タイ25年。その沼館さんがバンコクで出くわした「忘れられない1日」を回想します。今から25年前、沼館さんが命を狙われることになった事件とは……。

【第1回】「愛すべき新聞配達員ピー・ソムサック」はこちら

【第2回】「突然の騒ぎ、鼻先に拳銃を突きつけられた!」はこちら

【第3回】「1本の脅迫電話。狙われているのは私だった!」はこちら

 アパートを移った。ドアをガチャッと開けられていきなりパン! こういう結末を迎えなくて済むよう意識して、ドアの前には居座わらないようにしていた。

“種の保存の本能”か――。タイ人女性の誘惑との闘い

 アパートのひとつ下の階に、24、25歳ぐらいの色白のタイ人女性が住んでいた。アパートの受付と結託していたのか、私が帰宅するとドアをノックする。ドアを開けると「入っていい?」とこちらの目を覗き込む。部屋に入れると持ってきたホウキで掃除を始める。

 命を狙われているという緊張感からか、彼女が部屋に入ってくるたびに“種の保存の本能”が疼き出す。

 ある日、彼女から名刺をもらった。日本人御用達のクラブのホステスだった。素人じゃないんだ……。名刺を穴があくほど見つめた。

 夕刊のない日曜日。部屋でゆったりしていると上はパジャマ、下はショートパンツ姿の彼女が「こんにちは」と言って入って来た。

「いいよ掃除なんかしなくて。本当に」。妄想を悟られないように言った。「いいのいいの」と答えながら、かいがいしく掃除を始める。

 その日はベッドメイクまでしてくれた。そしてベッドメイクが終わると、ああ、彼女はベッドに仰向けに横たわり、目を閉じた。ショートパンツに胸元の第三ボタンまではずしたパジャマ姿だ。白い胸元が静かに息づいている。

 のしかかるか――。

(いや、相手は百戦錬磨だ)
(誘惑している。寝たふりだ)
(どうせ今夜だれかに抱かれるのだ)
(なんだかイージーすぎないか)

 押しつぶすように彼女の上に乗っかったら、どんなに楽になるだろう。

 一瞬時計が止まる。逃亡者とホステス。映画の一場面みたいだ。

 いや、でも自分は逃亡者じゃない。この状況に身を委ねると自分の今後の人生の軌道が外れてゆくと思った。

 時計が動き出した。黙って部屋を出た。

 ロビーで出勤の支度を終えた妖艶な彼女とすれ違った。目には殺意と蔑みが混在していた。誓ってもいい。酒が入っていたらアンタを抱いていた。

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