今週はこれを読め! SF編

「決定版選集」をうたった《ディック短篇傑作選》の3冊目。大森望の「編者あとがき」によれば、ハヤカワ文庫SFでは後続3冊を予定しており、最終的には全6巻でディックの主要短篇を網羅するのだという。ちなみに既刊は本書以外のほか、第1巻『アジャストメント』、第2巻『トータル・リコール』。これ以外に同文庫のディック短篇集では『ペイチェック』『ゴールデン・マン』『まだ人間じゃない』が在庫中だが、いまあるぶんが捌けたのちは増刷をせず《短篇傑作選》に集約するのだろう。

 さて、この巻の白眉は、巻頭に収められたポストアポカリプスものの傑作「パーキー・パットの日々」だ。産業も文明も瓦解し明日のない暮らしのなかで、人びとが現実逃避的な人形遊びに耽っている(バービーやリカちゃんのイメージ)。通常の破滅SFと異なるのは、主人公たちがまったく生活に困窮していない点だ。地表は核戦争によって荒廃しているが地下施設で生存は保証されており、火星から定期的に救援物資がとどけられるため食糧はありあまっている。働く必要はないし働きようもないので(文明再興など彼らには思いもよらない)、だれもが暇を持てあましている。はじめは無聊を慰めるためだったのかもしれないが、いまや人びとの人生はすっかりパーキー・パットが中心だ。彼女におしゃれをさせるため、彼女の家具や電化製品を揃えるため、彼女が暮らす街のセットをより充実させるため、人びとは血眼になっている。精巧なミニチュアを自作したり、パーキー・パットやそのボーイフレンドのレナードを使った試合(ロールプレイングゲームのようなもの?)によってそれを隣人から奪いとったりする。

 この作品が発表されたのは1963年(ちなみにバービーの登場は1959年)。当時のアメリカの消費社会のカリカチュアとも読めるし、ゲーム的リアリティに没入する現代を予見したと捉えることもできるだろう。しかし、ディックの真骨頂はそんなところにはない。文明批評のようなことはほかのSF作家でも書ける。この作品が独特なのは、むしろディテールの風合いだ。目立って異様というほどではないが、ノイズのようなもの(えぐみというか臭気というか)がある。

 たとえば、人形遊びに耽溺する大人を尻目に、子どもたちは手製の飛び道具を携えて狩りへ出かける。目ざす獲物はネコイヌ----突然変異した猫か犬かだがどっちなのかよくわからない。この「よくわからない」感覚が、物語の底に流れつづける。救援物資を投下してくれる火星人もどんな姿をしているか不明だ。頭足類か単殻軟体動物のような生き物だと想像されるが、実際に姿をあらわすことはない。彼らと地球人とのあいだにはほとんどコミュニケーションがなく、届けられる物資のなかには用途がわからない装置もある。あるいは通信機のたぐいかもしれないが、人びとは機能を解明するつもりなどなく、バラした部品をパーキー・パットのもちものへ転用するだけだ。

 こうしたディテールが醸しだすかすかな違和感が、クライマックスで物語の表面へ強く吹きあがる。別な地下コミュニティではコニー・コンパニオンという人形が普及しており、それとパーキー・パットとが対決することになる。勝てば相手の人形そのものを奪取できるのだ。しかし、コニー・コンパニオンは、パーキー・パット陣営の想像を超える画期的な属性を備えていた。それにふれたとき、安寧だったパーキー・パットの日常が大きく揺らぎ、見通しのわからぬ明日が迫ってくる。この終盤の両義性(歴史が動きはじめる不安と期待)はみごとだが、ぼくはそれよりもコニー・コンパニオンの衝撃(見てはならぬものを見てしまった感じ)に身がすくんだ。

 ひとつの作品にだいぶ枚数を割いてしまったが、ほかにも注目作が多い。表題作「変数人間」はその題名からうかがえるようにヴァン・ヴォクト調で、目まぐるしく局面が変わる破格のストーリーテリングと、かけ離れたふたつの大きなアイデアを力任せに接合する強引さが楽しい。「ペイチェック」も、記憶を失った主人公が過去を探りつつ新しい事件を引きおこす展開がまるっきりヴァン・ヴォクトだが、(残念なことに)あまり無茶な力業はなく、テンポの良いエンターテインメントに仕上がっている。「不適応者」と「超能力世界」は、ディック十八番の異常性・異形性をはらんだ超能力テーマ。物語レベルで決着がついてもずっと不吉で不穏な感じが拭えない。「スパイはだれだ」はニューロティックな雰囲気が尻上がりに高まる。体調の悪いときには読まないほうがいい。

 こうした読みごたえのある作品と並んで、たわいのない小品がまじっているのはご愛敬。「CM地獄」「不屈の蛙」「あんな目はごめんだ」の3篇はデビューまもない時期の未熟なアイデア・ストーリーで、思いつくままにタイプライターを叩いたとしか思えない。とくに「あんな目はごめんだ」は大学SF研の会誌でも没をくらいそうなクダラナさだ。それに較べると、1981年に高校生ファンの求めに応じて書いたショートショート「猫と宇宙船」は手すさびではあるが、パンチラインが絶妙。円熟の技というべきか。

 後続の3巻、どの作品をどんな取り合わせでまとめるのか、楽しみに待とう。

(牧眞司)

『変数人間 (ハヤカワ文庫 SF テ 1-22)』 著者:フィリップ・K・ディック 出版社:早川書房 >>元の記事を見る

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