「ケネディ暗殺、ウォーレン委員会50年目の証言」(上)

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米国大統領ジョン・F・ケネディが暗殺されてから2013年11月22日で50年になる。日本時間では23日の未明。事件の真相を追跡する書籍、テレビ番組などが大量に出る中で、元ニューヨークタイムズ記者フィリップ・シノンが書いた書籍「ケネディ暗殺、ウォーレン委員会50年目の証言」(文藝春秋刊、上下巻、各1600円)が、最大の疑惑「カストロのキューバに陰謀はあったか」に迫っている。委員会の調査員メンバーが当時、フロリダ沖の海上にヨットで現れたカストロに会っていた。カストロはなんと答えたか。極秘会談の話が初めて明かされている。

不可解な展開が陰謀説を助長

ケネディはあの日、遊説に向かうためテキサス州ダラスの目抜き通りをパレードしていた。大統領の乗ったオープンカーを3発の銃弾が襲う。2発が大統領に命中、即死だった。アマチュアカメラマンが撮影した8ミリフィルムで世界中の人々が惨劇を繰り返し見ることになる。

その日のうちに狙撃容疑者としてリー・ハーヴェイ・オズワルドが逮捕されるが、2日後、移送中にナイトクラブ「カルーセル」の経営者、ジャック・ルビーに殺害される。場所は警察署内。多くの記者、カメラマンの目の前で起きた。オズワルドは以前、ソ連に亡命、ロシア人の妻を連れて帰国した自称マルクス主義者。次々起きる不可解な展開と登場人物。多くの陰謀説がメディアに載って世界中に広がった。

ジョンソン副大統領がケネディの後継大統領に就任、ジョンソンは事件の真相を調査する委員会を組織した。委員長に就任した連邦最高裁長官の名前を取って通称「ウォーレン委員会」と呼ばれた。メンバーは民主党と共和党の上院、下院議員、CIA長官だったアレン・ダレスら。のちに共和党の大統領となるフォードは中心メンバーだった。その下に16人の調査員を置いた。ハーバードなどの名門大学法学部をトップクラスで卒業した20代から30代のエリート法律家である。ウォーレンはケネディ家と親しかったが共和党員。調査結果の信頼性を考えて民主党のジョンソンは、あえて委員会を共和党寄りの構成にしていた。

著者は「委員会9.11調査の本当の歴史」の元NYタイムズ記者

フィリップ・シノン記者は5年かけて取材、書き上げた。きっかけは1通の電話からである。シノン記者に電話してきたのは調査員の一人である。シノン記者が2008年に9.11事件の調査委員会がなぜ、真相に迫れなかったかを書いた「委員会9.11調査の本当の歴史」はベストセラーとなり、それを読んだ調査員が、ウォーレン委員会の真相も書かれるべきときが来たと考え、シノン記者にアプローチしたのだった。

委員会の報告書は事件の10か月後に公表される。シノン記者は、その後解禁となった委員会の公文書、CIA、FBIの内部文書、記録などを読み、存命の調査員や関係者にインタビューして、報告書が公表されるまでの実態を描いた。根拠となる記録、独自のインタビューをソースノートで全て明らかにしている。

オズワルド単独犯行説は早い段階から確定的

委員会の内部には、民主党と共和党の対立も反映されていた。共和党系右翼活動家たちから、調査員のレッド・リッチ(当時36歳、ニューヨーク大学教授)追放の要求が共和党委員に対して出される。死刑反対論者、非常時市民的自由委員会のメンバーなどの理由だ。赤狩りマッカーシズムの熱気が残っていた時期であり、右翼の攻撃は激しかった。しかし、調査員らは彼を守り、リッチは重要な役割を果たす。

民主、共和両党のリーダーや若きセレブ法律家の間では、情報は記録されるべきであること、将来公開して後世の歴史家が読むことができるようにすることが共通の認識だった。調査員の間でも意見や見方が分かれることが多かったが、その記録も残されている。

オズワルドの単独犯との見方は早い段階から確定的だった。問題は、オズワルドの背後に何かないのか。最大の陰謀説を唱え、内外各地を回って講演で稼いでいたのはオズワルドの弁護人だった。彼は、犯人は別にいる、と言い張っていた。委員会は一笑に付す。

陰謀説をつぶす作業が陰謀説を拡大

委員会が単独犯行説の根拠の一つとするのは、オズワルドがそれ以前にニクソン副大統領狙撃を企てるが未遂。反共主義者のエドウィン・ウォーカー将軍を狙撃したが失敗。いずれも単独犯行だったことから、彼の背後でずっと糸を引く組織の可能性が低いと見た。彼が周囲から「いかれたやつ」と見られていたことから、ソ連やキューバでも彼をエージェントにするには大きなリスクが伴うと見た。

委員会には「陰謀チーム」があった。考えられるすべての陰謀説をつぶす作業をした。その資料が外部に漏れて、ほれ、委員会も背後を調べているという報道が出て、陰謀説をさらに広める結果となった。陰謀説が渦巻く中で、オズワルドの家族はメディアに情報を売って一儲けした。オズワルドの母は息子と仲たがいをしていたが、事件後は息子の話を持ち歩き、有名人気取りだった。ロシア人の妻もマスコミに情報を売って暮らしていたとある。バート・ランカスターが主演した「ダラスの暑い日」、ケビン・コスナーが地方検事に扮するオリバー・ストーン監督の映画「JFK」など、さまざまな陰謀説は映画や書籍となって衰えるところなく世界に広がっている。事件後の世論調査を見る限り、陰謀を信じる人は今も世界中に多い。

シノン記者も陰謀説をつぶしながら書いたが、最後に残ったのがキューバの関与である。

2/2につづく