今週はこれを読め! SF編

 発端は美少女のイメージ広告だった。「この素肌、真実。」とだけコピーがあり、商品そのものの情報はいっさいない。〈コスメディック・ビッキー〉という社名から察するに化粧品メーカーなのだろう。それにしても、広告の美少女はほとんど奇跡だ。「美」といっても目鼻立ちのことではない。どこまでも細やかな肌理、瑞々しく、うっすら輝くような皮膚。イメージ広告は女性のあいだでちょっとした話題になる。女子大生の岡村天音も例外ではないが、ビッキーの直通電話に連絡してみるふんぎりはつかない。そんなおり、同じコーラス・サークルの真鍋先輩が大変身をとげて、天音を驚愕させる。それまでは歌うと顔にヒビが入ると言われるほどの厚化粧だったのが、つるりとなめらか、まるでマシュマロのような肌になっているのだ。聞くと〈素肌改善プログラム〉を受けているという。

〈素肌改善プログラム〉は、〈コスメディック・ビッキー〉が開発した新しい技術だった。「コスメディック」とは化粧品(コスメ)と医学的(メディカル)の合わせた造語だ。第一章「流浪の民」では、このコスメディックの発想とそれが伝播をはじめる瞬間を綴っている。いわば新しい価値観の萌芽だが、菅浩江が素晴らしいのは未来へのベクトルを描くにとどまらず、化粧の起源を文明論的に考察している点だ。お肌トラブルに悩む女子大生の視点と、人類史の眺望とが、ひとつの物語のなかで同居しているのである。

 続く章から作者はどんどんギアをあげていく。美しくなるための化粧やスキンケアにきりはないが、ある地点を越えるとそれは人体改造と変わりなくなってしまう。じつは〈素肌改善プログラム〉も、健康な肌が備えているバリア機能をいったん解除したうえで、肌の奥底から立てなおす方法なのだ。大々的に宣伝できず、イメージ広告と口コミに頼った理由もそこにあった。もうひとつ〈ビッキー〉がおこなった驚愕の戦略があるのだが、それは物語の最終局面まで明かされない。

 この作品がふれる化粧/肌をめぐるテーマは、これにとどまらない。たとえば化粧は表現、肌はメディアであり、ここから広告としての利用も企画しうる。このアイデアを先鋭化したのが第二章「閃光ビーチ」だ。しかし、肌利用広告において人はどういう位置になるのか、たんなる肌の持ち主? あるいは広告モデルのようなもの? 商業的な広告ではなく自分自身を広告するとしたら......しかし、それこそ化粧本来の機能ではないか? さまざまな問題が惹起される。

 化粧はまたアイデンティティに深く関わっている。「閃光ビーチ」の登場人物のひとりは、「私なら無人島に流されたってお化粧するわ」と言う。もちろん、誰かを想定しての化粧もあるだろう。そもそも『誰に見しょとて』というタイトルは長唄「京鹿子娘道成寺」から採られており、その「誰」は一般的三人称ではなく、愛しく憎い「あなた」すなわち特定の二人称にほかならない。ときおり「女性が化粧をするのは男の気を引くためだ」と思いこんでいる御仁がいるが、それはとんでもない勘違いだ(よしんばそうだとしてもその男はキミではない)。

 あるいは、男の気を引くなんて小さなスケールではなく、もっと壮大なコミュニケーションかもしれない。すなわち、異星人のための化粧だ。恐ろしいことに本書はその可能性すら示唆しているのだ。〈ビッキー〉はコスメディック発展の過程で得られた技術を駆使して、地球外に意志を持つ存在がいる兆候を見いだす。同社は国際宇宙開発機構を支援するのだが、これにも狙いがあるらしい。その経緯を描くのが第八章「いまひとたびの春」だ。冒頭のイメージ広告でモデルを務めた山田リルは、〈ビッキー〉の一段上のコスメディック施術の結果(美容施術としては大きな手違いが生じるのだが)、いままでにない感覚を手に入れる。いわばインタフェイスとしての皮膚だ。

 山田リルはさかんに地球外意志について語るが、多くの人びとはそれを妄想としか捉えない。電波系少女というわけだ。このあたりの物語展開はスリリングで、ほんとうにどう転がるかわからない。皮膚からより外側へ(宇宙)へエスカレートしていくのか、より内側(精神)へと探索していくのか。それでいながら、人が美しくなりたいという原点は見失わず物語に繰りこんでいる。

 菅浩江のバランス感覚に舌を巻く。小説づくりの匙加減というだけでは片づけられない。特別な三半規管を備えているんじゃないか。

(牧眞司)

『誰に見しょとて (Jコレクション)』 著者:菅 浩江 出版社:早川書房 >>元の記事を見る

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