「グラチャンでは世界のどの国もやっていない『秘策』を試します」

 11月5日に行なわれた記者会見での眞鍋監督のコメントだ。このときはまだ具体的なことは明かされず、「石井(優希)、迫田(さおり)、長岡(望悠)は新しいことをしているので大変かも」と述べるにとどまった。

 主将の木村沙織も「新戦術は10月の北海道合宿で初めて伝えられた。まだどうなるかわからないが、非常に楽しみ。最初は見たことのない戦術だったので驚いたが、点を取るためには逆にシンプルかもしれないと思った。自分はそういう発想をしたことがなかったので、眞鍋さんの発想力に驚いた」とコメントした。秘策が何なのか、大会が始まる前から、いやが応にも期待が高まった。

 大会の前日会見で、その実態が明かされる。MB1と命名されたその戦術は、従来ならコート上に2人いるMB(ミドルブロッカー)を1人にして、サイドアタッカーを1人増やすというものだった。

 初戦の欧州チャンピオン、ロシア戦で4人目のサイドアタッカーとしてプレイしたのは、ロンドン五輪の銅メダル決定戦で最後の点を獲った迫田さおりだった。彼女はもともと前衛から打つスパイクよりもバックアタック(後衛でスパイクを打つこと)が得意という特長を持っており、今回、ミドルの位置に入るだけでなく、前衛でもバックアタックと同じように助走を長目に取ってスパイクを打つようにした。組織的なブロックシステムをとらないロシアを面白いように翻弄し、3−1で日本が勝利を収めた。

 ロシアのキャプテン・パンコワはMB1について聞かれ、「MB1? そんなわけないわ。だってMBはちゃんと2人いたもの。真ん中に入る選手が2人いたじゃない。そうでしょう?」となかばキレ気味に答えた。迫田の「前衛の選手による、バックアタックのようなアタック」には、ロシアチームも審判も最初はバックアタックだと判断してしまい、一度は「アタックラインの踏み越し」のファウル(バックアタックを打つ場合、コートの真ん中にあるアタックラインより後ろから打たなければならない)を取られ、日本チームの説明後にノーカウントになる一幕も。この日から読売・朝日・毎日など大手新聞社をはじめとして、各メディアの見出しに連日「新戦術」「MB1」が踊ることになる。

 だが2戦目、組織的なブロックシステムをとるアメリカにはきっちりブロックにつかれ、迫田のアタックは封じられた。途中でベンチに下がったとはいえわずか3得点のみ。今年からアメリカ代表の指揮を執る、「ミスター・バレーボール」ことカーチキライ監督によれば、「先週東京で日本チームとはたくさん練習をしたので、新戦術についてはよく知っていたし、準備もした」とのこと。そこで日本はベンチを温めていたMBの岩坂名奈や、MBの対角に入るもう1人のサイドアタッカー長岡望悠を投入。岩坂がブロックで4得点するなど気を吐き1セットを取り返すが、1−3で敗れてしまう。

 MB1を続けるのか。それとも従来のMB2人体制に戻すのか。注目の第3戦、タイ戦のMBは、それまでの大竹里歩ではなく、岩坂のやはり1人。翌日のメダルがかかったドミニカ戦、金メダルがかかった最終戦ブラジル戦も同じスタメンだった。

 結果的には3大会ぶりの銅メダルを獲得したわけだが、ランキング1位ブラジルと2位アメリカにはこの戦術は通用しなかった。アメリカ戦での迫田の得点は前述の通り3得点、ブラジル戦でも6得点。他の3戦では10点以上をマークしていただけに、くっきりと明暗が分かれた。ちなみに大会を通してのアタック決定率はトップで、迫田はベストアウトサイドスパイカー賞を受賞している。

 MBの対角に入った迫田や長岡をはじめとして、選手達は口々に「新戦術を初めて聞いたときはわくわくしましたし、実際に試せるのがすごく楽しみでした。手応えも感じています」と言っていたが、もちろんそうはならなかった選手もいた。ポジションを一つ減らされた形になったミドルブロッカーの選手達である。

 大竹は「ミドルの選手はみんなそうだと思いますが、悔しいです」と語り、普段はおっとりしている岩坂も「初めてこの戦術について聞いたとき、正直悔しかった。いろいろな思いをもってこの大会を迎えました。チャンスが少なくなるということなので、その分コートにいるときは1点でも多く取ろう、ブロックもキルブロックができなくても、一つでもタッチを取ろうというのが自分のテーマでした」と述べた。

 MBを1人にするというフォーメーションは、実は授業のバレーでも採り入れられており、ありふれたものだと複数のバレー指導者は言う。ただ、国際大会でそれを実行した例はほとんどない。眞鍋監督がこの構想を思いついたのは、2011年頃だったと言う。サイドアタッカーに比べてミドルブロッカーの得点が低いことに悩み、ミドルブロッカーの選手達にもそれを伝えてきたが、なかなか改善はされなかった。それならばシンプルに攻撃力を増やそうと考えた、と言うのだ。

「世界と同じことをやっていては絶対に金メダルは獲れない。そのためにできることは何かを考えました」

 最終戦後の会見で選手達はすっかり今後もこの戦術をとるものとして「もっと練習して詰めていきたい」と語っていたが、眞鍋監督は「MB1を今後もやるか、MB0にするか、それとも2人に戻すか、まだ全くわかりません。今後3、4ヵ月かけて検証して決めることになるでしょう」と、牽制した。

「リオ五輪まであと3年と言われますが、代表として活動できるのは1年のうち半年しかない。だから実質1年半しかないんです。9月にあった世界バレー予選は『これだけは、何があっても絶対に負けてはならない試合』でした。だから、新戦術を試せるのは、このグラチャンだけだったのです」

 実を言えば、グラチャンは1993年から始まった歴史の浅い大会で、ワールドランキングにも影響しない。各大陸王者と対戦できる貴重な経験ではあるが、あえて勝敗にこだわる必要性は低い。眞鍋監督はあくまでも「金メダルを獲るための日本オリジナルを試したかった」と言うが、新戦術でこの大会を盛り上げると同時に、大友愛や杉山祥子らベテランが引退、荒木絵里香の結婚・出産による休養でポジション争いにもかげりが見えたミドルブロッカー達へ喝を入れる、そんな狙いもあったのではないか。

 事実、今大会は8月に行なわれたワールドグランプリファイナルよりもテレビ視聴率も上がり、ミドルブロッカー達もどん欲になった。同格以下相手が限定ではあったにせよ、それなりの収穫はあったと見るべきだろう。これをつきつめていくのか、あるいは今大会限りで封印してしまうのか。個人的には、ミドルブロッカーの攻撃のバリエーションを増やす方向で活かされたら、と思う。

中西美雁●文 text by Nakanishi Mikari