『海外ミステリーマストリード100』(杉江松恋・日経文芸文庫)海外ミステリー必読書100を、ミステリー書評家・杉江松恋たったひとりで選んだガイドブック。

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海外ミステリーで読むべき本を100冊を選ぶ。しかも、たったひとりで。
難行である。
『海外ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)は、それを成し遂げた一冊。
すごいよー。
そもそも、書いてもふつーは「おまえに、その資格があるのか?」とミステリーマニアから総攻撃を受けるのが落ちだ。
マニアというのは、どんなマニアでも、こういったことに厳しい。
だが『海外ミステリーマストリード100』は、そういった攻撃を受けてない。
なぜなら、その資格を持っているだろう数少ないひとりが著者だからだ。
杉江松恋。
マッコイなんてキュートなペンネームだからラノベヒロイン級の美少女だと勘違いしてしまうが、実際は、巨漢で、サングラスをかけると横スクロール格闘ゲーのボスにぴったり。サングラスをとると目がかわいい。
杉江松恋は、書評家。ミステリーを中心に活動しているが、その適応範囲はひろい。
官能小説にも詳しいし、東方マニアでもあり、海外小説を読むイベントをやり、あらゆるジャンルの小説を読んでいる(と、ぼくには見えるが、本人はきっと「いや、まだあのジャンルとあのジャンルに手が出せてない」とマニアックに言うだろうと予測するぐらい、読書的探索範囲と網羅密度が半端ない)。
専門の海外ミステリーに関しては、当然、ばっちりである。
詳しいというだけでなく、偏りなく把握している人だからである。
おそらく海外ミステリー好きに「こういった本を作るなら誰?」と聞いて返ってくる人物ベスト3に確実に入る。
で、『海外ミステリーマストリード100』。
“世界のミステリーをたくさん読みたいけど、まず手に取るべき本がわからない”
という人向けに書かれたガイドブックだ。
「タイトル」「あらすじ」「鑑賞術」「さらに興味を持った読者へ」「訳者、その他の情報」
というフォーマット、3ページで1冊、年代順に100冊がセレクション紹介されている。
最初に紹介されている(つまり年代的に古い)5冊はこれだ。
アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』Kindle版
パーシヴァル・ワイルド『悪党どものお楽しみ』
ドロシー・L・セイヤーズ『五匹の赤い鰊』
エラリイ・クイーン『シャム双生児の秘密』Kindle版
ジョルジュ・シムノン『倫敦から来た男』

後半5冊(つまり原書刊行年が新しいもの)は、これだ。
デイヴィッド・ベニオフ『卵をめぐる祖父の戦争』
フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』Kindle版
トマス・H・クック『ローラ・フェイとの最後の会話』
ジョン・グリシャム『自白』
デイヴィッド・ゴードン『二流小説家』

ガイドを読むと、その本が読みたくなるのはもちろんだが、それ以上にもっと読みたい本が増えてしまう。
「鑑賞術」「さらに興味を持った読者へ」の2項で、関連する図書がたっぷり挙げられているからだ。
たとえば、こんな感じ。
『シャム双生児の秘密』の「さらに興味を持った読者へ」を引用してみよう。
“国名シリーズ以外のクイーン作品では、『Xの悲劇』(一九三二年。創元推理文庫他)に始まる<悲劇四部作>が必読書だ。一九四八年の『災厄の町』でクイーンは、アメリカの原風景といえる地方都市ライツヴィルを舞台とする連作を開始するが、その三作目にあたる『十日間の不思議』(一九四八年)で旧約聖書や神話を題材とする悲劇的な作品を書き始める。連続殺人ものの『九尾の猫』(一九四九年)、幻想的な雰囲気の異色作『第八の日』(一九六四年)など、その他にも傑作は多い。国名シリーズの重厚さを求めると後期作品は期待外れになるが、『緋文字』(一九五三年。以上、ハヤカワ・ミステリ文庫)など密度の高いものもあり、むしろ初心者向けの作品が多い。”
『七人のおば』の「さらに興味を持った読者へ」では「変則的な構成の作品」が紹介され、『歯と爪』の項では「カットバック技工を駆使した作品」が紹介される。
“採り上げた本はもちろん全部おもしろいのですが、海外ミステリーの日本への紹介の歴史をたどり、里程標の意味がある作品はほぼ網羅した”と「はじめに」に書いてある通り、本書を読むことで「基本的な海外ミステリー地図」が脳内に形作られる。

『海外ミステリーマストリード100』は、初心者向けを意識して書かれたガイドブックだが、読者対象は初心者だけではない。
ぼくぐらいの「たまに話題になった海外ミステリーを読むよー」ぐらいの読書好きにピッタリ。「おお、おお、タイトルは聞いたことがあったが、こんな重要な作品なのか、こんな面白そうな本なのか、読まねばー!」と心中で叫ぶこと何度も。

千街晶之による国内篇も刊行予定で楽しみ。
こういった読書ガイド本(『海外小説マストリード100』『SF小説マストリード100』『ホラー小説マストリード100』『幻想小説マストリード100』『精神医療本マストリード100』『哲学書マストリード100』『漫画マストリード100』『経済本マストリード100』『タレント本マストリード100』『ゲーム本マストリード100』『原発本マストリード100』などなど)が、もっとたくさん出るといいなーと思う。
(米光一成)