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「桜島」というと、たいていの人は鹿児島にある、あの煙をもくもくと吐いている火山を思い浮かべることでしょう。でもじつは、大阪にも「桜島」があるのです。そこには「桜島駅」もあります。鉄道ファンならよくご存知かもしれません。

鹿児島にある山の印象をいったんクリアにして、「桜島」という文字だけを頼りに考えると、「ははぁ、その辺りはきっと、桜がいっぱい植わっている島だったのだな」と普通は考えますよね。でも、どうやらそれも違うようです。

桜島駅のある大阪市此花区のサイトを見たら、町名の由来が紹介されてありました。「春日出・南の両新田の桜堤と、当地の埋立て権者である島徳蔵の姓を合成したことに由来する」ということで、これってつまり、そこが島だったからというわけではなくて、島さんの開かはった土地だから、なんですね。

○現在はUSJへの「楽屋口」の駅に

桜島駅へ行くには、西九条駅で大阪環状線から桜島線(いまでは「JRゆめ咲線」なんて異名が付いていますが)に乗り換える必要があります。

西九条駅のホームで電車を待ってると、車両全体、正面も側面も完全にラッピングされたUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)仕様のラッピング電車が入ってきました。筆者が乗車したのは3連休の初日。「わしら今からユーエスジェー行くんやもんねー!」オーラ全開のアベックや家族連れがいっぱい乗ってました。

桜島線の電車に乗り、安治川口駅を過ぎて、次がユニバーサルシティ駅。アベックや家族連れのほとんどがこの駅で降りていきます。そこからほんの1km足らず走った先が、桜島線の終点、桜島駅です。……なんというか、「とりあえずここで終わりです」という、じつに素っ気ないというか、終着駅らしくない雰囲気の駅でした。ひなびた感じとか、「ここまで来てしまった感」といったものとも無縁のようです。

駅前も、とくになにかがあるということでもなく、工場と、だだっ広い駐車場と、阪神高速5号湾岸線の巨大な橋が見えるだけ。生活のにおいというか、人が暮らしてる気配のようなものが薄いのです。

でもその割には乗降客が多くて、駅前にも人がけっこういます。一体この人たちはどこへ行くのだろうか? と思って見ていると、すぐにわかりました。皆さん、ユーエスジェーで働く人たちだったのです。そう、隣のユニバーサルシティ駅がユーエスジェーへの「正面玄関」だとしたら、桜島駅は「楽屋口」だったのですね。

余談ですが、今回の訪問中、駅前をゾンビの格好した若い女性3人連れが歩いていくのを見かけました。メイクのまま電車に乗っていきましたが、あのまま帰るのでしょうか? ひょっとして時期外れのハロウィン? もしや本物のゾンビ……?

○桜島駅から「日本最低の山」にも行ける

安治川の河口にあたる桜島駅周辺は、その昔、流通の主役が船だった頃、荷揚げの場としてにぎわったそうです。ここで荷物を鉄道に積み替え、大阪市内中心部へ運んでいたのです。現在の桜島線はそのために敷設された路線でした。

その後、輸送のメインが陸上輸送に移り、さらに大阪環状線の全通で盲腸線となり、桜島線はどんどん寂れていってしまったのですが、ユーエスジェーの開業で再び脚光を浴び、「JRゆめ咲線」の愛称も付くことになりました。もともとの桜島駅はこのユーエスジェーの敷地内にあり、開業に合わせていまの場所に移動してきたとのことです。

桜島駅に到着し、しばらく駅周辺を散策した後、「同じ線で西九条駅へ戻るのも面白くないなぁ」と思った筆者は、南へ1km弱移動し、安治川の渡船(なんと無料なんですよ!)で天保山へ渡って、地下鉄中央線で帰ることにしました。

天保山(てんぽうざん)は、国土地理院で「山」として認められていますが、その中で最も低く、標高4.5mしかないそうです。まさしく「日本最低の山」です。安治川の川底が堆積する土砂で浅くなってしまい、舟運に支障が出るということで、1831(天保2)年に大規模な浚渫(しゅんせつ)を行い、土砂を積み上げてできたのが天保山でした。当時は20mくらいの高さがあって、安治川入口の目印となる山だったらしいです。

なお、「天保山」の地名は鹿児島市内にもあるとか(読みは「てんぽざん」)。桜島駅、安治川、天保山……、今回は思いがけず、かつての大阪の玄関口を巡る旅になりました。

(おじま あきら)