「大阪二児置き去り死事件」はドキュメンタリーでは描ききれない
児童虐待防止は「オレンジリボン運動」として展開され、また、11月は児童虐待防止推進月間でもあります。児童虐待については、貧困が虐待の背景となるケースは少なくありません。特に、母子家庭を見れば、その約60%が貧困層/母子家庭の就労率85%。にもかかわらず約7割が年間就労収入200万円未満/シングルマザーの貧困率は先進34か国中、世界ワースト1 etc. と、この国のシングルマザーの生きづらさを示すデータはいくらでもあります。こうした現実を前に、何ができるのか? 映画『子宮に沈める』の緒方貴臣監督と一般社団法人GrowAsPeople代表・角間惇一郎氏が語ります。

緒方:こういう事件を元にした作品を撮ると、「なぜ、ドキュメンタリーでやらないの?」って聞かれるんですね。もちろんドキュメンタリーで描くこともできるかと思うんですが、そうすると、例えば、杉山春さんの『ルポ 虐待――大阪二児置き去り死事件』の映像化になります。杉山さんは周囲の丹念な聞き取り取材から事件を浮き彫りにしています。でも、部屋の中で行われたことは結局、誰にもわからないんです。

現場で遺体が見つかったとき、二人は重なり合っていたといいます。同時に息を引き取るということはないだろうから、先に逝ってしまった死体の側に寄り添ったんだろうなとか想像するわけです。飢えももちろんつらいだろうけれど、一人ぼっちのほうがもっとつらかっただろうな。あの子が感じた精神的な孤独感はどれほどのものだったろうかって。その50日間を強烈に思ってもらうためには、ドキュメンタリーでは描けない。

角間:ドキュメンタリーだと、「児童虐待事件ケース1」みたいな話になるでしょうし、完全再現をしてしまうと、どうしても「やっぱり母親がダメだ」「風俗だから」になりますよ。

緒方:映像化にあたって、当事者の人たちにあたっていくと、どうしても誰かを傷つけてしまうというのもあるんです。それぞれの人にそれぞれの事情があって、その一部分を切り取って伝えていくと、そこに誤解が生じて「こいつが悪いんだ」と、やはりそこに注目が集まってしまう。それでは何も変わらないと思うんです。

母親が悪い、行政が悪い、旦那も悪いって言うけれど、みんな少しづつ悪いところがあって、けれど、みんなそれなりに事情があって、それぞれの考えで行動している。殺そうと思った人は誰もいないんです。一番大事なのって、みんなが何か少しだけでも考え方を変える。そこが変われば、よくなる道が見えるんじゃないかなって思っているし、僕は信じている。

角間:行動しろってことですよ。行動をデザインするような映画。社会派映画というジャンルがありますが、これは「行動派映画」とでもいうべき作品です。『子宮に沈める』を観た後、「かわいそう」っていう感想を口にするのはいいんです。でも、それだけだと、「あれ? どっか俺、うすっぺらくね? 俺の感想ってそれだけ!?」って自分で自分に思うはずなんです。そのレベルでは済ませてくれない作品ですから。

緒方:「かわいそう」って、ある種他人事のように言えちゃう人、あるいは、行政なりお母さんなりを強く責められる人にこそ見てもらいたいですね。人って、つらいことは忘れたいから、自分が経験した厳しかった時代って忘れてしまいますよね。似たような境遇にある人に、「わかりますよ」と声をかける人はいるんだけれど、「自分は乗り越えた」という面が強すぎると、「私はできた」「私は乗り越えた」と矛先を変えてしまう。

みんな、大変なんです。みんな、本当に生きるのに必死。誰か悪い人をつくって優位に立ちたい、「自分はそうではない」と思うことで自分を保てる人もいる。結局、攻撃する人にも何かあるんだろうなとは思うんです。