ある日アソコに人面瘡が!? 「受難」映画化への思いを姫野カオルコが語る
 天涯孤独で修道院育ちの穢れなき乙女・フランチェス子。社会に出ても、どうして男女は付き合うのか、セックスをするのか、という疑問に真剣にぶつかり、悶々としてしまう性格が災いし、美しい容姿に恵まれながらも一切男に性的関心を持たれない。そんなある日、フランチェス子のオ××コに突然人面瘡ができてしまい……!? 衝撃的な設定で、性に悩める女性の姿をユーモラスに、かつ丁寧に描いた姫野カオルコの直木賞最終候補作「受難」が映画化。原作者の姫野カオルコさんに作品への思いを聞いた。

――まず、映画化された作品を見ての率直な感想はいかがでしたか?

姫野:最初に映像化のお話をいただいたのが10年前。なかなか実現には至らないまま、プロデューサーともいつの間にか親しい友人になっていました(笑)。だから、今回はようやく実現したことがうれしすぎて、感慨深くて、作品の構成だとか、このシーンの映像がどうだとか、とても冷静には観られなかった、というのが正直なところです。感想は、もう、すべて観てくださった方に委ねます。

――そもそも、女性器に人面瘡が出来てしまうというこの作品を映像化するということで、最初に話を聞いたときには「本当にできるの?」と驚きませんでしたか?

姫野:あ、それはなかったですね。「映像のマジックで何とかしてくれるんじゃないかな」と思っていました。

――主演の岩佐真悠子さんの印象は?

姫野:私、彼女がミスヤングマガジン(03年)に選ばれたときから、かわいくてチェックしてたんです。雑誌を切り抜いたりもして。一般的に、女性よりも男性に知名度のある方じゃないですか。最初、「男性に一切性的関心を持たれない」という設定のフランチェス子ちゃんを演じるには女性性が強すぎるかなと思ったんですが……。でも、トラックレースで一番の人とビリの人が結果的に同じ位置に来ちゃうのと同じなのかな、岩佐さんのきっぷのよさで結果的には「綺麗なのに何かダメな人」という感じがよく出ていて、ハマってたんじゃないかなぁと思いますね。岩佐さん自身は「私、全然共感できませんでした〜」って言ってたんですけど、それもよかったのかもしれない。

――自分の性器にできた人面瘡に「古賀さん」と名付け、奇妙な共同生活を始めるフランチェス子。彼女が、古賀さんに日々「お前はダメな女だ!」と罵られ、ひどい目に遭いながらも、次第にダメな自分を受け入れながら生きていくしなやかな強さを身に付けていく様に励まされる女子も多いと思います。

姫野:私は、どの作品もハッピーエンドにすることを信条としているんです。事実を基にした話で、本当は悲しい結果だったとしても、物語にするときはハッピーエンドにしたい。お金を出して映画を観たり、本を読んだりしてくれた人に、嫌な気持ちにはなってほしくないな、という思いがあって。

――フランチェス子ではないですが、ここ2〜3年、自らの女性性とうまく向き合えず、女性としての自分をこじらせてしまったと自称する「こじらせ女子」という属性が注目されています。そういった風潮に対してどう思われますか?

姫野:最近は、自分自身は隠遁生活みたいな感じなので、「こじらせ女子」という人たちの実情をよく知らないのですが……。よく知らないんだということをお断りしたうえで言えるのは「こじらせ女子」という言葉ができただけで、彼女たちはずいぶんと助かっているんだと思う。花粉症という言葉に救われた人がいるように、名前がついて、一言で済む言葉が世の中に流布することって、その時点で8割くらいの救済の光を見たのと同じことだと思うんです。だから、「女子をこじらせている」と悩んでいる人たちには「若いから、今はとてもつらいかもしれないけど、『こじらせ女子』っていう言葉があるだけで、昔のこじらせ女子より助かっているからうちひしがれてしまわないで、明日を信じてください」 と思います。