市民ランナー・中島彩の「続・東京マラソンへの道」

 みなさん、こんにちは! 『走るフリーアナウンサー』の中島彩です。10月27日、台風一過の晴天に恵まれた大阪マラソン2013。私は、マラソン初挑戦の54歳の母とペアエントリーで見事当選し、出走してきました! ランニングにハマった私の影響で、「地元の大阪を走ってみたい」と思っていた母は、これまで2年連続で大阪マラソンに落選。そして、「三度目の正直」で当選し、それからの約4ヵ月は必死に練習を重ねてきました。よって今回のテーマは、「RUN×母と大阪マラソン2013」。母と一緒に走った42.195キロを紹介したいと思います!

☆制限時間との勝負。しかし思わぬトラブルが!

 初めてのマラソン大会で、42.195キロに挑戦する母。一生懸命に練習したものの(「54歳の母がマラソン初チャレンジ!」参照)、母は病気がちなこともあって、不安な私はゴールまで一緒に走ることにしました。そして、大会当日――。不安視されたふたつの台風(27号&28号)が過ぎ去ってくれたので、スタート地点の大阪城公園は快晴! 大阪城を築城した豊臣秀吉さまに、「お母さんが完走できますように」とお願いし、スタートの号砲を待ちました。

 今大会のフルマラソン参加ランナーは、2万9112人。スタート地点に立っていた松井一郎・大阪府知事を目撃すると、母は大興奮。大きく手を振り、「頑張ってきます〜!」と大声で叫んでいました(笑)。そして、いざ走り始めても沿道の方に、「頑張りますね!」「大阪マラソン、当たったんです!」と、まるで芸能人ランナーのような丁寧な挨拶っぷり(笑)。このテンションで42.195キロ、もつのかなぁ......と不安に思いつつ、1キロ9分ペースで難波・心斎橋方面に走り始めました。

 今回の母と娘で走る大阪マラソンのポイントは、10個の関門を制限時間内に通過し、7時間以内に完走すること。母の体力や練習量を考えると、あまり余裕があるとは言えないレースです。そして、難波に到着して、ミナミの名物「グリコのネオン看板」を過ぎ、国立文学劇場前を通過した8キロ地点――。街の景色を楽しんでいた母に、思わぬアクシデント! なんと、両手を地面に広げるように、いきなり転倒してしまったのです! 後方を走るランナーと足が絡んだらしく、母の手や足には擦り傷ができ、さらには流血も......。何が起こったのか分からず唖然(あぜん)とする母。私もビックリしましたが、ここで落ち込んでいる時間はありません。「とにかく今は10キロの関門目指して行くよ!」と励まし、再び母を走らせました。

 そして10キロの関門に到着したのは、制限時間の5分前。トイレ休憩する時間もないほど、ギリギリのタイムでした。私は少しでもペースを上げようと、10キロ地点からは母の前を走ってペースメーカーになりました。しかし、12キロ地点あたりで後ろを振り向くと、いるはずの母が見当たらないのです! ペースが速すぎたのか、すでに母は歩き始めていました。「もう無理。少し歩くわ」と母。しかし、次の関門の制限時間も迫っているので、そんな余裕はありません。そう考えた私は、「じゃあ、歩くのは次の信号までね」と、歩く距離を限定し、走らせるようにしたのです。この方法は、私がこれまでのマラソン大会で走ったときに学んだことのひとつ。前もって歩く距離を決めておかないと、いつまでもダラダラと歩いてしまうからなんです。

☆母の完走に感動した、ある人とは?

 その後も歩いたり、たまに走ってみたりと、母に疲れが見え始めてきました。そんなとき、母に元気を与えてくれたのが、コース近くに建っている「大阪市中央公会堂(旧・中之島公会堂)」です。大阪市中央公会堂は、1918年に完成した歴史的な建築物。赤レンガで造られたお洒落な建物で、私も学生時代、美術の宿題で公会堂を写生しに行きました。その由緒ある場所で、母は高校の卒業式をあげたそうです。今は耐震性の問題などで、簡単に催しごとを開けないそうですが、「中之島公会堂での貴重な卒業式」は母の誇り。この話を昔から何度も聞かされていたので、思い出の場所を目にした母は、案の定、大興奮! 「お母さんね、この由緒あるところで......」と元気に話し始め、「その前を54歳になって走っているなんて」と、感動を噛みしめていました。その後も母の思い出話は止まらず、「その、『おしゃべりパワー』を走りに生かしてほしいなぁ」と思いつつ、大阪市中央公会堂の見える御堂筋を走り抜けました(笑)。

 その後、母と私は制限時間を15分前に通過できるぐらいに巻き返し、中間地点である京セラドーム大阪に到着。そのときの母の楽しみは、23キロ地点にある給食で、「バナナが食べたいなぁ」と言っていました。しかしいざ、給食ポイントに到着すると、なんとバナナもお菓子も全部品切れになっていたのです。よくあるケースなのですが、母がとてもショックだったようで......。ところが、その近くで飴(あめ)を配っている沿道の方を発見! 「飴ちゃんなめて、頑張って!」という声援をいただき、私たちは再び頑張る決意を固めました(笑)。こういった温かい応援は、本当に嬉しいですね!

 いろんな人の応援に助けてもらい、私たちもようやく海の見える場所まで到着。大阪マラソンのフィニッシュ地点は南港(なんこう)にあるので、ゴールが近づいてきたサインです! さすがに母も限界が近くなってきたので、走ったり、少し歩いたり、そしてストレッチをしたりと、最後の10キロは一歩一歩、ゴールに向かって最後の力を振り絞りました。そして、6時間45分、ついにゴール! 無事に各関門の制限時間に引っかかることなく、無事に42.195キロを完走することができました。

 フルマラソン初挑戦の母にとって、42.195キロの道のりは非常に長かったと思います。しかし、母は一度も、「やめたい」「あきらめる」という言葉を発しませんでした。その頑張りに、私は改めて母を見直しました。54歳でも、病気がちでも、陸上経験がなくても、練習と心の強さがあれば完走できるということを、母は証明してくれたのです。それも、支えてくださった沿道の方や、ボランティアの方がいてこそだと思いました。

 そして最後に――。そんな母の頑張りを見て、とっても感動した人がいました。それは、79歳の祖母なんです。なんと祖母は、「大阪マラソン、走りたいなぁ」と言うではありませんか! 母のフルマラソン完走に魅せられた祖母......どうなることやら(笑)。来年も大阪マラソンを走ることができるなら、私は今度、祖母を引っ張るのかな? それとも母が祖母を引っ張るのかな? 来年を想像するだけで、思わず笑みがこぼれます。家族で走るフルマラソン、一緒に走ったことで、また新しい発見がありましたよ!

【今週のRUN日記】

10月26日(土) 休足日
10月27日(日) 42.195キロ @大阪マラソン2013
10月28日(月) 休足日
10月29日(火) 休足日
10月30日(水) 休足日
10月31日(木) ウォーキング1キロ
11月1日(金) 休足日

今週の走行距離は約43キロ。週の後半はフルマラソンの疲れを取るように過ごしました。そして私は次回、湘南国際マラソンのフルマラソンの部に出走します。こちらもあまり無理をせず、記録というより、潮風を楽しみながら走るつもりです!

 LET'S RUN WITH ME!!

 今日までの練習の様子は、ブログをチェックしてください!→中島彩オフィシャルブログ「走ろう!彩と。」

【profile】
中島彩(なかじま・あや)
1987年8月1日生まれ、大阪府寝屋川市出身。慶應義塾大学法学部卒。元東海テレビ報道スポーツ局。現在はキャスト・プラス所属のフリーアナウンサー、タレント。身長158センチ。趣味はマラソンの他に、政治研究。TBS系列「オールスター感謝祭13春」出演。テレビ神奈川「ハマナビ」リポーター。FMカオン(84.2MHz)パーソナリティ(月曜日担当)。TBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」のコーナー『現場にアタック』キャスター(隔週火曜・毎週木曜)。

中島彩●文 text by Nakajima Aya