今週はこれを読め! ミステリー編

 世界の覗きかた、について考えることがときどきある。覗き穴をどこに開けて、どのようにして目を近づけるかが問題だ。 その覗き穴を刑務所に作った作家のコンビがいる。スウェーデンのミステリー作家アンデシュ・ルースルンドとベリエ・ヘルストレムだ。ヘルストレムは自身が服役囚だったことがあり、スウェーデンの刑事施設や更生施設に関する評論や、犯罪防止団体の発起人として活動をしていた。その彼とジャーナリストのルースルンドが出会い、協同して執筆を行うことになったのである。新刊『三秒間の死角』は、彼らが2009年に発表した作品だ。 ストックホルム市警の警部エーヴェルト・グレーンスを主人公とする連作の第5作にあたる。これまでに『制裁』『ボックス21』(以上、ランダムハウス講談社文庫)『死刑囚』(RHプラス・ブックス)の3作が訳されており、第4長篇のみが未訳だ。 本書の中心にいるのは、パウラことピート・ホフマンという人物である。彼は元犯罪者で、スウェーデン警察のために潜入捜査員を務めている。ある日パウラは、潜入した麻薬組織の上層部から、故意に罪を犯して刑務所に入るように指示を受ける。刑務所の中では麻薬取引が横行しているためだ。服役者たちはやがて刑期を終えて外に出る。そのときに紐付けしてしまえば、刑務所の外の市場をも組織は手中に収めることができるだろう。 パウラは超法規的措置によってアスプソース刑務所に入る。しかし、ある出来事のために彼の身に危難が降りかかってしまうのである。そのきっかけを作ったのが、殺人事件の捜査を行うグレーンス警部だった。 グレーンス警部は超人的なヒーロー像からは程遠く、どちらかといえば事件の傍観者として描かれる主人公である。個人の力では大きな悲劇を止めることはできず、彼はなすすべもなく事態の推移を見守るだけなのである。本書の主舞台の一つであるアスプソース刑務所は、シリーズ第一作『制裁』にも名前が出てきた。刑務所の職員がミスをしたことから危険な小児性愛者が脱獄し、新たな犠牲者が出てしまうという話で、そこでもグレーンスは無力であった。 ルースルンド&ヘルストレム作品の魅力は実はそこにあり、犯罪事件が発生し、警察の捜査の結果犯人が捕まる、という過程の先が描かれるのである。『制裁』の場合でいえば、そこから刑務所という施設の不完全さが焙り出され、また小児性愛の犯罪者に代表されるような歪んだ精神がどのように存在し、また再生産されているかということが浮き彫りにされていく。続く『ボックス21』では人身売買の現実が、そして『死刑囚』では決して個人を守ってくれるとは限らない司法機構の非人間性が、「事件のその先」の情景として描かれていた。 今回の『三秒間の死角』も、同じような構造を持つ作品である。さらに今回は、謎解きミステリーのファンなら思わず膝を打つような仕掛けが作中に施されている。このコンビは意外な形でサプライズを仕掛けてくるので、最後まで油断することができない。過去作の中では『ボックス21』が最後の1ページで重大な事実の種明かしを行う趣向になっていたが、それに匹敵するような驚きが本書でも味わえるはずだ。すれっからしの読者をも唸らせる、必読の傑作である。(杉江松恋)
『三秒間の死角 上 (角川文庫)』 著者:アンデシュ・ルースルンド,ベリエ・ヘルストレム 出版社:角川マガジンズ >>元の記事を見る

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