去る10月25日金曜日に、拙著『読み出したら止まらない 海外ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)という本を上梓した。書店で入手可能な本の中から、2013年の今読むべき100冊を選んだブックガイドである。年末恒例のランキング本など、大人数の投票で決める本はいろいろあるが、個人がミステリーというジャンル全般について選書したものは最近では珍しいはずだ。近くの書店で見かけられたら、ぜひ手にとってみていただきたい。記述の中核は手に入る100冊のことだが、それ以外の本、特に品切れや絶版になった必読書についても触れている。定価の分だけは情報を詰め込んだつもりなので、ぜひ。 考えてみれば、私はこの手のブックガイドには散々お世話になってきたのである。1970〜80年代にかけては、児童向けのミステリー入門書が多く刊行されていた。藤原宰太郎がクイズ本を多く著し、その中で名作と言われる古典のトリックをいくつも暴露していたことは有名だが、もちろんそういうものもたくさん読んだ。カーター・ディクスンの有名な密室ミステリー、『ユダの窓』(ハヤカワ・ミステリ文庫)もそうしてトリックを知らされた上で読んだ作品だ。結論から言えば、ネタばらしされたぐらいではびくともしないほど、小説はおもしろかった。そのトリックに行き着くまでの過程こそが大事なのであり、わずか数ページでネタばらしできることは、謎の構成要素の中ではごく一部分に過ぎないと『ユダの窓』では教えられた。ネタばらし本も読んでおくものである。 自身の読書史の中でもっとも影響を受けたブックガイドは、渡辺剣次『ミステリイ・カクテル』だったように思う。元本が出たのは1975年だが、私が読んだのは1985年の文庫版だった。 文庫版『ミステリイ・カクテル』がすばらしいのは、単行本版からアップデートがなされていたことだ。この本は各章が「密室崩し」「脱獄のテクニック」「変身願望」といった具合にトリック別になっている。その中で名作の数々が挙げられているのだが、文庫版には元版への追記があった。 たとえば「密室崩し」の章では、1981年にアメリカ探偵作家クラブ(MWA)が編んだアンソロジー『密室大集合』に注で言及している。『密室大集合』が編纂される際にはアンケートが行われ、長篇ミステリーの中から密室もののベストが選ばれた。その結果の中には『黄色い部屋の謎』(ガストン・ルルー。創元推理文庫)などの名作リストの常連に混じって『魔術師が多すぎる』(ランドル・ギャレット。ハヤカワ・ミステリ文庫)などの書名も挙がっていた。さらに渡辺は「右に挙げられた作品以外に、近年の密室長篇としては次のようなものがある」と書いて、自身の判断で5作を挙げているのである。その情報が、ミステリー読書の初心者にはどれだけありがたかったことか。 参考までに書いておくと、その5作とは『密室』(マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー。角川文庫)、『そして死の鐘が鳴る』(キャサリン・エアード。ハヤカワ・ミステリ文庫)、『黒い霊気』(ジョン・スラデック。ハヤカワ・ミステリ)、『パッチワーク・ガール』(ラリイ・ニーヴン。創元推理文庫)、『脅迫』(ビル・プロンジーニ。新潮文庫)である。 私が自分でブックガイドを書くことになったとき、大事にしたかったのはこの姿勢だった。名作古典のリストに縛られず(しかしそれを無視はせず尊重し)、最新の情報も参照できるようにする。それが「今」読まれる本としては最も重要なことだと思うのである。 同書の「殺人への花束」は、古今の各種ベストテンについて触れた章で、有名な江戸川乱歩のリストなどが紹介されている。しかしそれらはすでに時代遅れだとして、渡辺は第二次世界大戦後から単行本が刊行された1975年までの間までの自身のベスト・テンを提示している。 作品名を挙げておくと、『失踪当時の服装は』(ヒラリー・ウォー。創元推理文庫)、『死の接吻』(アイラ・レヴィン)、『長いお別れ』(レイモンド・チャンドラー)、『はなれわざ』(クリスチアナ・ブランド。以上、ハヤカワ・ミステリ文庫)、『わらの女』(カトリーヌ・アルレー。創元推理文庫)、『メグストン計画』(アンドリュウ・ガーヴ。ハヤカワ・ミステリ)、『呪い』(ボワロ&ナルスジャック。創元推理文庫)、『ウイチャリー家の女』(ロス・マクドナルド。ハヤカワ・ミステリ文庫)、『寒い国から帰ってきたスパイ』(ジョン・ル・カレ。ハヤカワ文庫NV)、『ジャッカルの日』(フレデリック・フォーサイス。角川文庫)の10冊である。戦後に限ったとはいえ、この選書の筋の通り方、新しさには今なお見習うべき点が非常に多い。ちなみに拙著の100冊には、このうち4冊が仲間入りを果たした。 『読み出したら止まらない 海外ミステリーマストリード100』はこのような精神を見習って作った本である。「今」読むべき本のつもりで作ったが、「将来」読まれてもあまり風化はしないはずだ、という自信がある。長くお手元に置き、可愛がってやってください。2014年春には、同じ版元から千街晶之氏による国内篇も刊行予定です。(杉江松恋)
『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100 (日経文芸文庫)』 著者:杉江 松恋 出版社:日本経済新聞出版社 >>元の記事を見る

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