携帯電話の普及率が100%を突破し、とうとう携帯電話の保有台数が人口を超えた日本。複数台を保有している人もいるので、全員が持っているという訳ではないものの、携帯電話は私たちの生活には欠かすことのできないものになりました。携帯電話が当たり前になった現代について「待たなくてよい社会になった。待つことができない社会になった」と語るのは、書籍『「待つ」ということ』の著者で哲学者の鷲田清一氏です。携帯電話を持つようになって、大きく変わった私たちの生活。便利になった反面、失ったものもあるようです。それは何かを「待つ」ということ。例えば、待ち合わせの時。遅刻しそうな場合は、電話で一言、あるいはメールを一通送るだけで済んでしまいます。また、待たされている方も、別の要件を先に済ましたり、買い物の時間に当てたりと、自分のペースで過ごすことができます。つまり、待ち人は待つことも苛立つこともなく、時間をつぶせるようになりました。「かつて『待つ』ことはありふれたことだった。一時間に一台しか来ない列車を待つ、数日後のラブレターの返事を待つ、果物の熟成を待つ、酒の発酵を待つ、相手が自身で気づくまで待つ、謹慎処分が解けるのを待つ、刑期明けを待つ」「待ちこがれつつ時間潰しをすること、期待しながら不安を抱くこと、そんな背反する想いが『文化』というかたちへと醸成された。喫茶店はそんな『待ち合い』の場所だった。農民や漁師、そしてウェイター(まさに『待ち人』)といった『待つ』ことが仕事であるような職業があった。相撲でも囲碁でも『待った』できないという脅迫がひとを苛んだ......。そんな光景もわたしたちの視野から外れつつある」(鷲田氏)街を見渡せば、仕事で短時間での成果を求められた人びとは勇み足。お店の出店・閉店のリズムも早くなりました。もしかしたら、現代人は「待つ」ということを本当に忘れつつあるのかもしれません。
『「待つ」ということ (角川選書)』 著者:鷲田 清一 出版社:角川学芸出版 >>元の記事を見る

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