インドGPの戦いを終えたはずのブッダ・インターナショナル・サーキットに、突然の轟音とともにもうもうと白煙が立ち上った。なんと、優勝して2013年のチャンピオン獲得を決めウイニングランを終えたセバスチャン・ベッテル(レッドブル)がグランドスタンドの前でマシンを回転させているのだ。

 この"ドーナツターン"はデモ走行イベントなどではよく見かけるパフォーマンスだが、F1では危険行為として禁止されている。

 ベッテルはその御法度を破ってまで、満員のグランドスタンドに向けてドーナツターンを披露した。

 そもそも、ウイニングランを終えたマシンはピットに戻って表彰台の下に集わなければならない。ピットインせずにもう一度メインストレートを走る行為も規則違反だ。
※レース後、ベッテルには2万5000ユーロの罰金が科された

「特に前もって考えていたわけじゃなかったんだけど、でも『今日は違うでしょ』って思ってね。いつもは許されていないことだけど、グランドスタンドには大勢の人がいたし、今日はやるべき時だと感じたんだ。かまうもんか、僕はあそこに行きたいんだ!ってね」

 4年連続のドライバーズタイトル獲得という偉業を達成したベッテルは、子どものように無邪気に笑った。

 ある時はレースが退屈だとブーイングを受けてしまうほどの圧倒的な速さを見せながらも、純粋な心を持ち続け、何事にも謙虚に向かいあうのがベッテルの良さだ。

「彼は常に謙虚で、決して偉ぶらない。過去4年間、数々の栄光を収めてきた中でも、セバスチャンは常に地に足を着け、純朴な人間であり続けた。だからこそ常に学び続け、マシンに乗り込むたびに少しずつ知識を増やしていく。そのことには常に感心させられるよ」

 レッドブルのマシン設計責任者であり、過去20年間で数々の名車を生み出してきた"鬼才"エイドリアン・ニューウェイは、ベッテルの強さをそう表現した。

 フリー走行が行なわれる前日の木曜日、どのグランプリでもベッテルはサーキットを歩く。

 歩いても得るものなどないと断言する者もいるが、ベッテルはレースエンジニアたちと談笑しながら歩くこの時間を大切にしている。そして時折、コーナーで立ち止まってはひとりのエンジニアと話し込む。データがプリントアウトされた紙を見ながら、身振り手振りでクルマの動きを表現したり、コーナーの先を確認したりする。

 その相手とは、パフォーマンスエンジニアのティム・マリオン。走行データを解析し、より効率的で速いドライビング方法を見つけ出すのが彼の仕事だ。ベッテルは彼とともにコースを歩きながら、ドライビングを徹底的に磨き上げているのだ。

 直感だけに頼るのではなく、今のピレリタイヤ、そしてエンジン排気ブローイングを活用した空力に合わせたドライビング。それを追求した結果、ベッテルがブレーキを踏み、ステアリングを切り、スロットルを踏み直すタイミングは他のドライバーたちとはやや異なり、その特殊なドライビングが彼の速さをさらに強固なものにしている。

 パフォーマンスエンジニアのマリオンがレース中に無線に登場することはないが、彼のような裏方の存在がベッテルの速さを支えていることは間違いのない事実だ。こうした見えない努力を重ねて、何人もの裏方の支えがあって初めて、ベッテルは今の強さを手に入れている。

「ゴーカートからジュニアフォーミュラを経てF1へやってくるまでに、多くのことを教わり、感謝しなければならない人がたくさんいた。家族も大きな役割を果たしてくれた。僕はいつも人の言うことに耳を傾け、学ぼうと心がけてきた。ここまで到達するために、本当に一生懸命に努力してきたんだ」

 ベッテルは謙虚で、速さを探究することに対しては一切の妥協を許さない。それを苦痛だとも思わないし、レースのすべてを心から愛し、楽しんでいる。

 インドGPの予選でポールポジションを獲得した後、マシンを降りたベッテルはメカニックから送風機を手渡され、4輪すべてのホイールに風を当てて回った。

 ブレーキング時には1000度を超す高温になるブレーキディスクは、突然走行をやめると風が当たらなくなって過熱し、周囲のパーツを燃やしてしまう恐れがある。ピットイン時などはメカニックがすぐに送風機で風を当てて冷やすのだが、予選直後はマシンが隔離された状態になり、メカニックは近寄ることが許されていない。

「だったら、唯一マシンに近付くことのできる自分がやれば良いじゃないか」。そう言ってベッテルは自ら送風機を手に取る。送風機を持つ世界チャンピオンなど、後にも先にも彼しかいないかもしれない。だが、速さと勝利を追求するためならば、やれることはなんでもやる。それがベッテルだ。

 同時に、チーム全員の努力があってこその今の速さであり、自分もチームの一員でしかないという謙虚さも揺るがない。

「チームは常に全力でプッシュしてくれている。そして僕もその一員であると認識しているし、少しでも力になれることがあればやる。自分の100%を捧げていなければ、落胆することになるはずだからね」

 セッション後の技術ミーティングが終わればさっさとサーキットをあとにするドライバーも少なくない中で、ベッテルの移動車はいつもドライバー専用駐車場に最も遅くまで残っている。

「パドックがサーカスみたいに騒がしくて嫌だという人もいるけど、僕はここにいて顔見知りの人たちと過ごすのが好きなんだ。昨日の夜もメカニックたちと話しこんだよ。確かにマシンに乗り込んでドライブするのは大切な仕事だ。ただ、僕は今の結果を、すべて自分のものだと思ったりしない。チームのみんながやってくれていることにとても感謝しているんだ。彼らがどれだけ長時間働いているかということにみんな驚くと思う。本当に100%、自分たちの身をチームに捧げているんだ」

 4度目のタイトルを獲得し、ミハエル・シューマッハ、アラン・プロスト、ファン・マヌエル・ファンジオという偉大なドライバーたちと同じように歴史に名を刻む存在となった今でも、彼の根底には、F1に憧れてカートに乗り始めた子どもの頃の純粋な気持ちが残っている。

「子どもの頃はF1なんて遠い世界だったし、憧れてはいたけど、自分がF1で走るなんて想像もできなかった。ちょうど今朝、クルマを見て思っていたんだ。このクルマはとても小さいし、そのへんのトラックの方がよほど大きい。でもこのクルマがどれだけ速く走ることができるのかということを想像すると、信じられない気分になる。

 優勝だろうが2位だろうが15位だろうが最後尾だろうが、そんなの関係ないんだ。F1というのはとても特別なクルマで、僕はそのマシンをドライブすることを楽しんでいるし、ドライブできることにとても感謝している。そして、そんな気持ちが永久に変わらないことを祈っているんだ」

 それを忘れていないからこそ、今もベッテルはベッテルでいられるのだ。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki