今週はこれを読め! SF編

 全5巻からなる日本SF作家クラブ創立50周年記念アンソロジーの最終篇。このアンソロジーは、(1)同クラブ会員の作品を母集団として、(2)1963年から1年ごとにその年発表されたSF短篇の傑作を選ぶが、(3)ひとりの作家1作品までとし、(4)似たコンセプトを掲げる出版芸術社版『日本SF全集』(全6巻予定、既刊は2巻)との重複を避ける----というルールに基づいている(さらに分量的な制限がかかることは言うまでもない)。つまり、どんなに傑作であっても、同じ年に強力な作品があったり、別な年にその作家のほかの作品を選ぶ場合は、収録を見送らざるを得ない。編纂委員(北原尚彦、日下三蔵、星敬、山岸真)のみなさんの苦労が偲ばれるが、まあ、そんなことは読者には関係がない。「私だったら○○年はAという作品にして、そうするともうこの作家の作品は入れられないから、□□年はBという作品にしよう」などと、あれこれ代案を考えるのは病膏肓に入ったマニアだけの楽しみだ。

 さて、この巻には2003〜2012年に発表された10篇が収録されている。そのうち、ぼくが飛びぬけて面白かったのは、上田早夕里「魚舟・獣舟(うおぶね・けものぶね)」と伊藤計劃「The Indifference Engine」だ。

「魚舟・獣舟」は、日本SF大賞を受賞した長篇『華竜の宮』と設定が共通しており、水面上昇によって環境が激変した25世紀の世界を舞台にしている。人類は生き延びるための遺伝子操作をおこない、出産に際しては必ず双子が生まれる。その片方は普通の人間だが、もう片方はサンショウウオのような水棲動物だ。後者は海に放たれ、いずれ魚舟となって戻ってくる。成長した魚舟は10メートル以上の巨大な体躯で、背中に外骨格による空洞を備え、そこが海上民の居住区となる。しかし、なんらかの事情で人と共生しそびれた魚舟は、獣舟として異形化する。最近、獣舟は陸へあがることを覚え、資源を荒らすため駆除の対象となっていた。人間と同じゲノムを備えているのに住環境として利用されてしまう魚舟、その境遇さえ失って害獣として環境から排除される獣舟。このグロテスクな生態系のイメージも素晴らしいが、この作品の価値はそこにとどまらない。人と魚舟には〈朋〉と呼ばれる情緒的・本能的な結びつきがあり、この物語ではそれが捩れたかたちで悲劇を呼ぶ。この幕切れにいたったとき、激しく喚起されるこの感情はいったいなんだろう。畏怖、哀惜、無力感、憤り......人間のうちにたしかにひそんでいるが、まだ名づけられていない心の動き。それを上田早夕里は探りあててしまった。

 それに対して「The Indifference Engine」は、人間が有史以来いやというほど馴染んでいる"憎しみ"を主題化する。舞台は激しい民族紛争がつづいている、アフリカとおぼしきどこかの国。オランダの仲裁によって、ホア族とゼマ族のあいだに休戦が成立するが、染みついた憎しみは消えない。主人公であるゼマ族の少年兵は家族をホア族に虐殺された記憶が癒えず、彼らの人種的特徴(顔立ち)に反射的な嫌悪と暴力衝動を覚えてしまう。そこに〈民族なき世界の一員〉なる団体が、平和実現のためのテクノロジー「公平化機関(インディファレンス・エンジン)」を持ちこむ。これを施された主人公はホア族の人種的特徴が見分けられなくなり、かつての敵を自分と同じ人間としてみなすようになる。差異を取りのぞき、みな同じ人間になれば争いなど生じない。それが〈民族なき世界の一員〉の善意であり正義だ。しかし、その善意と正義は、けっきょく地獄への道を舗装するものでしかない。伊藤計劃はラディカルにも、差異が憎しみをもたらすのでなく、むしろ憎しみこそが本来だと示してしまう。まず憎しみがあり、それが差異を生じさせる(どんなところにも差異を見いだす)のだ。まさしく危険なヴィジョンだが、この物語ではそれが人間のアイデンティティ(自分であること)と不可分に描かれ、いっそう凄味を持って迫ってくる。

「自分であること」のテーマもしくはそれと本質的に同型の「世界と人間との関係」は、ほかの作品でも扱われている。山本弘「オルダーセンの世界」では間主観性が題材となり(ただし小説のつくりはアイデア・ストーリー)、瀬名秀明「きみに読む物語」では共感や倫理への独自のアプローチがある。

 宮内悠介「人間の王」は、チェッカーの完全解を予感しながら最強のソフトウェアと試合しつづけたチャンピオンの物語。飛浩隆「自生の夢」は、情報ネットワークが遍在する世界でテキスト(人の意識も含まれる)の構造を崩壊させる〈忌字禍(イマジカ)〉が猖獗をきわめ、その対策(?)のために言葉によって人を自殺に追いこむ能力を殺人鬼が、ネット内に再構成される。この2作品は人の知性や意識のありようを、ちょっとアクロバティックな小説構成で取りあげており、これも「自分であること」テーマの変奏と見なすことができよう。

 それ以外も、読みごたえのある作品ばかりだ。林譲治「重力の使命」は、スティーヴン・バクスターばりの大胆アイデアの宇宙SF。冲方丁「日本改暦事情」は、いくつもの文学賞を受賞した時代長篇『天地明察』の原型で、社会基盤をなす暦の改革に挑んだ和算家の苦闘の物語。高野史緒「ヴェネツィアの恋人」は、ひと組の男女の運命が何度もリセットされて変転していく、万華鏡のような幻想小説。小川一水「白鳥熱の朝に」は、パンデミックを潜りぬけて社会制度が変わった復興期の日本で、ひとりの娘とその養父が、それぞれの過去の軛を乗り越えるまでを抑えた筆致で描く。

(牧眞司)

『日本SF短篇50 V: 日本SF作家クラブ創立50周年記念アンソロジー (ハヤカワ文庫 JA ニ 3-5)』 著者: 出版社:早川書房 >>元の記事を見る

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