こういう言い方は語弊があるのかもしれないが、ホルヘ・ロレンソ(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)を、生まれて初めて心底かっこいいと思った。今までにも彼の走りに思わずうなりを上げたことはあったかもしれないが、ここまでほれぼれする姿を目の当たりにしたのは、今回が初めてだ。

 ツインリンクもてぎで行なわれた第17戦日本GPの決勝レースで、1周目から背後にピタリと張り付いて離れないレプソル・ホンダ・チームのマルク・マルケスとダニ・ペドロサを寄せ付けず、後半周回には意地と気迫と根性で様々な不利な要素をはねのけてマルケスたちをコンマ数秒ずつじわじわと引き離していく彼の姿は、まさに「世界一の男前」といってもいいくらい魅力的であった。

 ツインリンクもてぎは、急減速と激しい加速を繰り返す典型的なストップ&ゴータイプのコースレイアウトで、コーナーの旋回性能で勝負するヤマハよりも、ブレーキングの安定性やコーナー立ち上がりの加速力に優れるホンダのマシンに有利だと言われている。また、コース自体がホンダの関連施設であるために、走行データの蓄積等の面でもホンダにとって分があるといっていいだろう。じっさいに、過去2年の日本GPではペドロサがロレンソに圧倒的な大差をつけて勝っている。

 さらに、今年の決勝では、ロレンソは二種類のタイヤ選択のうち、リア用にソフト側のコンパウンドを装着してレースに臨んだ。レプソル・ホンダの2台はともにハード側を選択していた。一般的に、ソフト側は初期のウォームアップ性能に優れるが、ハード側は終盤までの耐久性にまさるという特性を持つ。全24周の中盤周回あたりまで、マルケスはロレンソの背後から様子をうかがっているようにも見えた。やや余裕がありそうなマルケスに対し、先頭を走るロレンソはむしろ、全身全霊を傾けて彼ら2台を従えて走るのが精一杯な様子でもあった。

 チャンピオンシップポイントで18点の開きがある両者は、この日本GPでマルケスが優勝しロレンソが2位で終わった場合、23点の得点差になる。次のレース(最終戦バレンシアGP)でロレンソが優勝して25ポイントを獲得しても、マルケスが13位に入り、3ポイントを取れば、マルケスのチャンピオンが確定する。ここまでの16戦で、無得点に終わった2レースを除き14戦で表彰台に上がっている彼のパフォーマンスを見れば、この23点差は事実上のチャンピオン獲得といってもいいだろう。

 あるいは、マルケスが優勝してその背後のペドロサにもオーバーテイクされロレンソが3位で終わった場合、マルケスとロレンソの得点差は27点差になるため、このホンダのホームコースでチャンピオンが決定することになる。

 つまり、今のロレンソは、なにがなんでも絶対にマルケスの前でチェッカーを受けなければならない状態にある、というわけだ。

 リアタイヤに、初期性能に勝るソフト側コンパウンドを選択したのもそこに理由がある。

「レース序盤で一気に引き離してしまう戦略だった。最初に狙っていたような差を開けなかったけれども、周回を重ねてもリアタイヤは予想していたほど性能が落ちなかった。だから、最後まで攻め続けて最後にはアドバンテージを築くことができた」(ロレンソ)

 全周回の折り返し地点である12周目には、ロレンソと背後に肉迫するマルケスとの差はわずか0.181秒差だったが、15周目には0.315秒差、17周目には0.371秒差、そして18周目で一気に1.228秒の大差を築きあげた。なんとしてでもマルケスを突き放そうとする気魄(きはく)と胆力が、ぎりぎりまでマシンをバンクさせるロレンソの全身から漲(みなぎ)っていた。

 一方のマルケスは、この中盤周回でマシンの挙動を乱し危うく転倒しかけたために、それ以上の危険を冒さずに2位で20ポイントを確実に獲得する戦略に切り換えた、とレース後に話した。

 この結果、ふたりの得点差は13点になり、チャンピオン決定は最終戦のバレンシアGPまで持ち越されることになった。マルケスに有利な状況は相変わらず変わらない。しかし、ロレンソが可能性の扉を自らの膂力(りょりょく)で少しずつ押し開きつつあるのもまた、事実だ。

 8月末には「計算上の可能性はともかく、事実上は決定したも同然」と諦めモードだったロレンソが、前戦のオーストラリアGP終了後には「可能性は2〜3パーセントから20〜30パーセントに広がった」と話し、今回も勝利をもぎ取ったことにより、「チャンピオンシップが終わったとはいいたくないし、バレンシアでも最善を尽くす。状況は自分たち次第だと思うので、全力で勝ちを狙いに行きたい」と最終戦に希望をつないだ。

 また、今回のロレンソの勝利により、ヤマハは最高峰クラス200勝という記念すべき節目に到達した。

「自分の過去の全勝利を思い出すのは難しいけど、今日は自分のレースキャリアのなかでもベストレースのひとつだと思う。集中力、ペースともに、すべての周回で相当な高水準を維持できた。ソフトタイヤでさらにペースアップしてゆくこともできた。自分たちにとっておそらく勝つのがもっとも難しいコースで勝てたので、今日の勝利は本当に格別だ」

 最終戦のバレンシアでは、この勢いと波に乗るロレンソが、大逆転のチャンピオン獲得劇を実現させるのか。あるいは、スーパールーキーのマルケスが、二輪ロードレース史上最年少の最高峰クラス総合優勝記録を塗り替えるのか。

 最終的に歴史が書き換えられるのかどうかはともかくとしても、2013年のこの劇的な戦いの連続は、間違いなく人々の記憶に長く残り続けることだろう。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira