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●「ン〜ワァォ!」は非常ベルみたいなもの
「閉店ガラガラ」や「ン〜ワァォ!」などのギャグでおなじみ、お笑いコンビ・ますだおかだの岡田圭右は、ここ最近は「すべり芸人」と呼ばれるようになった。2002年のM-1グランプリ制覇をはじめ、数々のお笑い賞を手にしてきた彼のどこに「すべり芸」の起源があったのか。コンビ結成20周年を迎えた節目に、その"誕生秘話"と"すべり芸のメカニズム"を真面目に解説してもらった。

――ますだおかだは今年で結成20周年ですね。岡田さんのすべり芸も完成形に近づきつつあるのかなと思いますが。

いやいや(笑)。先日、ある番組で手相を見て頂いたんですよ。今、44歳なんですが、「47歳から本格的にすべります」と言われて。だから、まだ序の口、序章なんです。

――コンビ結成時から現在のスタイルだったのですか。

私は結成時からM-1チャンピオンまで、ナニワの切れ味鋭いツッコミと言われてますから。あっ、ごめんなさい。言われてましたからね。フットボールの後藤(輝基)くんもビックリ、ブラマヨの小杉(竜一)くんもビックリするくらいの切れ味鋭いツッコミです。

――いつ頃から変化が見られるようになったのでしょうか。

ネタの中で、相方が俺をいじるみたいな、そういうテイストで。そのネタの一部だったものが、「ちょっと、岡田って…」みたいにだんだんとなっていきまして。それでも、ネタの中で1個はそのくだりを入れるようにしてたら、イメージが定着したんですよね。増田がボケた後にかぶせる一言がちょっとピント外れの内容で、そしてそれがすべる。言うたら、ドラマである俳優さんが敵役のハマり役になって、そのイメージがプライベートまで付きまとうような。あとは、武田鉄矢さんの金八先生みたいにね。

――「閉店ガラガラ」「ン〜ワァォ!」はどのように生まれたのでしょう。

「閉店ガラガラ」に関してはそんなに意識はないんですが、相方が気づいて。うちの実家が駄菓子屋をやっていたんですね。お互いの家でネタ合わせすることも多いんですが、うちのオカンが子どもたちを帰らせるときに、「もう、おしまいや。閉店ガラガラやで。はよ、帰りや」と言うのが口癖だったんです。恐ろしいですよ。オカンの口癖をギャグにするなんて(笑)。

「ン〜ワァォ!」は、まだ切れ味鋭いツッコミの時代で。当時は、ばんばん突っ込んで、ボケるなんてこともほとんどなくて。ある番組で、3段落ちの3番目に振られたんですよ。そこで、特にこれといったボケも思いつかず、「ン〜ワァォ!」と叫んだというのがはじまりです。ある意味、非常ベルみたいなものです。

――その時はウケたんですか?

ポカンです…。岡田何言うてんねん。何叫んでんねん。その日以来、「ン〜ワァォ!」に何度も頼るようになりました。……続きを読む。

●すべり芸は「一般の方がやると非常に危険」
――「すべり芸」というものは、いつ頃から世の中に浸透しはじめたんだと思いますか。

いつぐらいですかね? 古くは村上ショージ師匠とか。祖先ですよ。脈々と受け継がれて、だんだんと浸透していったんじゃないですかね。芸人の数も増えたらいろんなキャラクターもあるし。すべり芸もあればキレ芸もある。結果的に、すべり芸の芸人がだんだんと増えてきたことが現在につながっていると思います。

――岡田さんもその中で「すべり芸」を磨き続けて今にたどりついたんですね。

たどりついたというか、これは常日頃言っていることなんですが、僕は面白いと思って言ってるんです。どうもみなさんと周波数が合わないというか…。そういう部分があるみたいですね。

―― 一般人が真似できない芸当ですね。

そうですね(笑)。一般の方がやると本当にただただ恥ずかしいというか。ただただ軽蔑されるというか。これだけは非常に危険です。

――最近、自分のポジションを危うくするような方はいますか?

まぁ、すべり芸人というのは、いろんなすべり方がありますから。過去にも一緒に集まって番組をやったこともありますが、あの鈴木拓(ドランクドラゴン)という男は(笑)。あんなに思い切って、腕を振ってすべる奴はいませんね。あんな、気持ちいいやついません。

――岡田さんが司会を務めているdビデオ&BeeTVバラエティ番組『すべり場』(毎週木曜更新 全12話)でも、鈴木さんほかたくさんのすべり芸人が出演しています。収録では、すべるどころか笑いも起こっているそうですね。

でも、まぁそれはただ単に「面白い」じゃないんですよね。1個、2個、曲がって曲がってみたいな。そういう裏に入った笑いが多い。でも、お客さんが目の前にいることによって、すべり芸人たちが心の中で、助けあおうみたいなそういうことは感じ取れましたけどね。普段だったら、見放されて一人ポツンとなることもありますが。でも、この番組ではみんながいます。逆に俺なんかは他人がすべっているのが一番好きですからね。楽しくて仕方がない(笑)。

――「すべり笑い」が成立する上で重要なことは何ですか。

すべった時に、いかにお客さんに楽しんでもらえるか。すべって哀れみの目で見られると、こっちとしても非常に辛いんです。すべった時に十人十色のいろんな乗り越え方があると思うんですけど、それによって温かい目にするための「努力」が大事です。その切り替わる瞬間で笑いが起こる。だから、みんな大変なんです。相撲で言ったら、そのまま押し出したり、上手投げで勝ちたいんですけど、ズルズルズルズルと土俵際まで行くことが多いですから(笑)。

――イベントMCの仕事も多いですね。取材している時も、登場の時点で笑ってしまいます。そういう時は「すべり芸」というよりも、盛り上げ役に徹している印象ですが。

そうですね。逆にああいう環境の方が得意になってきています。取材というのは、カメラマンさんやライターさんなどがいて、別に笑いに来ている「お客さん」ではないですから。そういう状況をいかに自分の空気で、笑いに変えるかはある意味でやりがいがあるんです。確かに、芸人にとって辛い状況ですが、荒れた場にはやっぱり芸人は強いと思います。

――あらためて20周年を迎えましたが、現状には満足していますか。また、今後どのように活躍してきたいですか。

我々にとっての雲の上の存在は、やっぱり上島竜兵さん。上島さんの場合は、すべり芸とかそういうものを超越している芸人さんなんですよ。すべってるんじゃないんですよ。うけてるんじゃないんですよ。"上島ってる"というか。あとは"出川ってる"みたいな。そういう域の芸人さんなんですよね。その人そのものがジャンルになっているような。そこまで行けたら芸人として強みになるというか、憧れですよね。

――じゃあ、3年後ですかね?

本格的にすべりだす3年後ですね(笑)。それがどういう方向に行くか。危ない方向に行ったらやばいですね。

(水崎泰臣)