現存3冊の映画資料が日本にも、幻のSF映画「DUNE」の絵コンテ本。

写真拡大

東京・六本木ヒルズで開催中の第26回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門で、10月22日と23日の2日間、“史上最も有名な幻のSF映画”こと「DUNE」(アレハンドロ・ホドロフスキー監督)を追ったドキュメンタリー「ホドロフスキーのDUNE」がアジアン・プレミアとして上映され、フランク・パヴィッチ監督が上映後のQ&Aに登壇した。

「ホドロフスキーのDUNE」は、「エル・トポ」(1969年)、「ホーリー・マウンテン」(1973年)でカルト的な人気を誇るアレハンドロ・ホドロフスキー監督が、1974年にSF小説「DUNE」の映画化を企画、サルバドール・ダリやミック・ジャガー、オーソン・ウェルズ、フランスのコミック作家メビウスやH・R・ギーガーらそうそうたるキャストとスタッフを起用し、撮影しようと試みた作品。しかし、制作に至る前に計画は頓挫、撮影中止となり、世に送り出されることはなかった。本作はその壮大な企画の顛末について描いたドキュメンタリーだ。

客席からの「あなたが『DUNE』を実際に撮りたいと思ったことはありますか、もしあなたが『DUNE』を作っていたとしたら、どんな作品になっていたでしょうか」という質問に対し、パヴィッチ監督は「いろんな人が『DUNE』を映画化しようとして失敗して、映画化は不可能に近いと言われてきましたが、この映画こそが僕のバージョンの『DUNE』なんです。僕の『DUNE』はここで終わります」と、今作の仕上りに満足していることを明かした。

また、本作にも登場する「DUNE」のデザイン画や絵コンテが描かれた分厚い“あの本”について「全部で20冊ほど制作され、現在確認できているのが3冊。ホドロフスキー監督が1冊、ミシェル・セドゥさんが1冊、そして第3冊目が日本にあるかもしれません。リサーチをしたところ、eBayで10年〜15年前、5,000ドル〜1万ドルで売られた形跡がありました。だれが売ったか、だれが買ったかはわからないが、日本の方という事実がわかりました。この劇場の中のどなたかが持っているかもしれません。もし持っていたら手を挙げてください!」というパヴィチ監督の発言に、場内は一気に盛り上がりを見せた。

さらに「アニメーションパートでメビウスの絵コンテをアニメ化するにあたって、ホドロフスキー監督は関わっているのでしょうか?」という質問については、パヴィッチ監督は次のように答えた。

「この映画の中でホドロフスキー監督はさかんに『映画は私の夢だ、だから誰にも触らせない! 誰にも文句は言わせない!』と言っていますので、果たして僕の映画にどれくらい口を挟むのかと思っていたんです。もしかしたら、あれこれ言われるんじゃないかと思っていたら、ほんとうに嬉しく驚いたことに、まったく何も言われませんでした。僕の作りたいように作らせてくれたんです」。

そして「なぜ『サンタ・サングレ/聖なる血』の大ファンで知られているクエンティン・タランティーノ監督を採用していかなかったのでしょうか」という質問に対し、「タランティーノ監督は、とにかく個性的な方です。もちろん、出演のオファーを考えていましたが、彼が話し始めると“タランティーノショー”みたいになってしまうので、ほかのキャストとのバランスを恐れてオファーしませんでした」とキャスティングの裏話を語った。

最後に「完成した映画を観て、ホドロフスキー監督とメビウスのビジョンが初めて映像になったことについて、ホドロフスキー監督はどういう反応だったのでしょうか?」という質問については、「彼が初めてこの映画を観たのは今年のカンヌ国際映画祭のプレミア上映でした。僕の隣が奥様でその隣がホドロフスキー監督だったので、上映中も彼がどんなリアクションをするか気にしていました。そうしたら、最後のほうで涙を拭いているんです。自分のアートワークが映像化されていくことを見て感動されたのかもしれないし、何十年と会っていないクリス・フォスやH・R・ギーガーが彼を讃えているのを聞いて感動されたのかもしれませんが、とても嬉しかった。そして上映が終わってから、彼に『どうでしたか?』と聞いたところ、一言『パーフェクトだよ』と言ってくれたんです」とホドロフスキー監督からお墨付きをもらったエピソードを語った。