Photography: Takashi Osato @angle management

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取材・文: 編集部  写真: Takashi Osato @angle management

ニューヨークを代表するビジュアル・マガジンのひとつ、『VISIONAIRE (ヴィジョネア)』。Stephen Gan (スティーブン・ガン) とCecilia Dean (セシリア・ディーン)、James Kaliardos (ジェームズ・カリアドス) らが1991年に立ちあげた同誌は、ファッションとアートの融合という当時はまだめずらしかったアイデアと、他の追随を許さないオリジナリティで、またたく間に世界のファッション業界のみならず、クリエイティブ業界全体から注目を集める存在になった。コレクターズ・マガジンとしても知られ、バックナンバーは高値で売買されている。

63号目となる最新号のテーマは“Forever (永遠)”。号によってはスポンサーによって発行される同誌だが、今回のスポンサーは今年で設立30周年をむかえるG-SHOCK (ジーショック) だ。世界でも希有なメタルをキャンバスに見立て、Mario TestinoやRichard Avedon、Karl Lagerfeld、Inez Van Lamsweerde and Vinoodh Matadin、そしてオノ・ヨーコなどといった10組みの豪華アーティストたちとのコラボレーションが繰り広げられている。

今回のローンチのために来日した共同創立者の Cecilia Deanに、彼女のキャリアの軌跡から『VISIONAIRE』の最新号、今後の予定についてまで話を聞いた。


VISIONAIRE #63


VISIONAIRE #63

※シルバー (ステンレス製) の通常版は世界限定1500部発行で、価格は34,650円。Dover Street Market Ginza (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) でのみ限定販売されるゴールド版 (5部限定、全世界で150部限定発行) は150,150円で受注販売されている。


VISIONAIRE installation at Dover Street Market Ginza

- まず、ファッション業界で働きはじめた経緯を教えてください。以前はモデルをしていましたよね?

1980年代中盤から終わりのころまでモデルをしていました。キャリアをスタートさせたのはニューヨークで、あるフォトグラファーに道でスカウトされて、モデル事務所に紹介してもらったんです。そしてその事務所のマネージャーが、Stephen GanとJames Kaliardosを紹介してくれたんです。すぐに友だちになりました。当時、私はまだ高校生で、彼らはパーソンズ美術大学の生徒でした。

モデルをしていた時期は、パリやミラン、ロンドンで仕事をしていて、東京にも3カ月間だけ仕事で滞在したことがあります。そのころがちょうど、外国人モデルが東京に来はじめたころで、本当にたくさんの仕事がありました。契約をしていたモデル事務所はImage (イマージュ) で、すばらしいエージェントでした。

毎日仕事をして、1日に2件仕事が入っていたときもありましたね。クレイジーな生活を過ごしていて、仕事の後は夜遊びに出かけて毎晩パーティ三昧でした。住んでいたアパートが六本木にあったので、六本木でよく遊んでいましたね。東京での日々がすごくたのしかったのを覚えています。

 

- 東京にはどのような印象を持っていますか?

東京にはあまり頻繁に来ないのですが、来るたびに感覚過多になってしまいます。とてもミニマリストなすばらしいレストランがありますよね。昨日は銀座の久兵衛でご飯を食べました。すごくキレイな場所で、とても静かでした。寿司職人がお寿司を一貫ずつ渡してくれるんです。とてもすばらしい体験です。でも、東京にはロボットレストランのようなところもあったりするので、おもしろいですよね。

東京には2面性があるとおもうんです。本当にうつくしく、洗練されていて、静かな部分もあれば、クレイジーな色やライトがきらめく世界もある。2つの相反する世界が同時に存在する。これが私が持っている東京の印象です。

あと、東京には世界トップクラスの本屋もあります。あそこまでうつくしい本屋はニューヨークにはありません。日本の出版物に対するリスペクトは、アメリカのそれとは比になりません。


From left to right: Stephen Gan, Cecilia Dean, James Kaliardos ©VISIONAIRE

- StephenとJamesに学生時代に出会っているということですが、『VISIONAIRE』の構想はどのようにしてはじまったんですか?

あのころ、Stephenはファッションフォトグラファーで、Jamesはヘアメイクをやっていたんです。私は高校を卒業するところでした。みんな同時期にパリに移住することになって、すごく仲よくなったんです。Stephenが『Details (ディテールズ)』誌で働きはじめたころは、Jamesはまだ学生でした。私がパリに戻ったのは大学の最終学期のときです。コロンビア大学で英文学とフランス文学を勉強していました。

私たちはみんな、仕事がなかったので、見つける必要がありました。家が特にお金持ちというわけではないので。Jamesはヘアメイクに飽きてきていて、StephenはCondé Nast (コンデナスト) が『Details』誌を買収したのが原因で、同誌を離れないといけない状況でした。

お互いファッション業界の知り合いはかなりいました。モデル時代、初期のころから私はMario Testino (マリオ・テスティーノ) といつも撮影をしていましたし、Peter Lindbergh (ピーター・リンドバーグ) やEllen von Unwerth (エレーン・ヴォン・アンワース)、Juergen Teller (ユルゲン・テラー)とも仕事をしていました。Stephenも『Details』を通してたくさんの人を知っていました。イザベルとルーベン・トレド夫妻などといった、すばらしいイラストレーターやファッションデザイナーたちと知り合いでした。Jamesも仕事柄、本当にたくさんのモデルを知っていました。

彼らの多くはパーソナル・ワークを大切にしているんです。Mario Testinoと広告の仕事をしていたときは、撮影後に現場に残ってパーソナルなテストシュートをよくしていたのを覚えています。ヌードになったりもしましたし、アーティスティックな撮影もしました。あと、スタジオやライティングなどを新たに手配する必要がないことを利用して、撮影費用を捻出できない若手デザイナーのために撮影をしたりもしていました。

当時のフォトグラファーはみんなそういうことをいつもしていましたね。でもその作品を発表する場がなかった。雑誌媒体も求めていませんでしたし、もちろんインターネットもありませんでした。フォトグラファーがアートギャラリーで個展を開くという時代でもありませんでした。だから「私たちで出版しよう!」ってことになったんです。これがすべてのはじまりです。

 

-『VISIONAIRE』の名前の由来はなんですか?

友人のひとりが考えたんです。『VISIONAIRE』という言葉自体、スペルが間違っていますし、特に意味はありません。でもなぜか良いなとおもったんです。他の案も特に出ませんでしたし。

 

-『VISIONAIRE』の編集作業に関してですが、どのようにテーマやコンテンツを決めているんですか?

やはりブレインストーミングからです。挑戦してみたいテーマやテクノロジー、フォーマットはいつもたくさんありますし、仕事をしたいアーティストたちもたくさんいます。いろいろとオフィスでチームメンバーと話をするんです。アーティストたちと会話をしたり、ギャラリーや映画の試写会に行ったり、新しい人たちに会ったり、新しいテクノロジーの展覧会に行ったりもします。すごく疲れます。スポンジのように柔軟に吸収することが求められますし。

デザインを指揮しているGreg Foley (グレッグ・フォーリー) は本当にタイプフェイスやデザインに傾倒しているので、打ち合わせに来てはいろいろと本などを見せてくれます。彼はデザインの批評ができるんです。アートディレクターのSean Brown (ショーン・ブラウン) も本当にアートの世界に精通していて、すばらしいアーティストたちや彼らの作品を教えてくれるんです。編集作業はオーガニックに進んでいきます。

2/3 ページ:『VISIONAIRE』創刊当時のファッションとアートの関係性と、最新号について

- ファッションとアートを結びつける考えはいまでは結構当たり前ですが、1991年に『VISIONAIRE』を立ち上げたときはあまりそういうことはなかったのでしょうか?

1990年代、ファッションとアートは全く交わったりしていなかったですね。この2つの分野を融合させようと具体的に言うことはありませんでした。私たちはただ、うつくしいイメージを出版しようと決めただけです。ファッションの分野だったり、アートの分野のイメージだったりしました。ドキュメンタリーのときもあれば、フォトジャーナリズムのときも。ファッションとアートはお互いかけ離れた存在とおもう人もいますが、私たちにとって大切だったのはおもしろいイメージかどうか。カテゴリーはあまり重要ではありませんでした。

ファッションとアートの関係は、いまはもう昔とは違うでしょうね。ファッション系のクリエーターやファッションフォトグラファーの多くが展覧会をしたり、アートギャラリーを運営したりしています。1990年代ではありえないことです。フォトグラファーで映画監督のCindy Sherman (シンディ・シャーマン) がComme des Garçons (コム デ ギャルソン) を撮影したときに話題になりましたよね。もともとComme des Garçonsはどちらかというとアート寄りでしたけど。

Helmut Lang by Nan Goldin from VISIONAIRE #18

-『VISIONAIRE』ではNan Goldin (ナン・ゴールディン) とHelmut Lang (ヘルムート・ラング) がコラボレーションをしたこともありましたよね。

Nanが本当にファッションに興味を持っていたんです。彼女がファッションの華やかでうつくしい部分が大好きにも関わらず、その世界には属していないと感じているという印象をいつも受けていたんです。彼女はHelmut Langの大ファンで、私たちは彼を知っていましたし、彼もNan Goldinの大ファンでした。だからみんな一緒に撮影をしようと提案したんです。すばらしい撮影でした。『VISIONAIRE』の18号に掲載しています。

 

Helmut Lang by Nan Goldin from VISIONAIRE #18

 

- 1990年代初期のころのファッションメディアはどのような感じだったのでしょうか?インディペンデントの雑誌はあまりありませんでしたよね?

当時のそういう雑誌は一切おもいだせません。ただ、正直に言うと、もともと雑誌はあまり読まないんです。『The Face (ザ・フェイス)』や『i-D』は当時みんな読んでいました。ロンドンから来る情報はすべて新しくておもしろかったですね。『The Manipulator (ザ・マニピュレーター)』『EGOÏSTE (エゴイスト)』『Comme des Garçons Six (コム デ ギャルソン・シックス)』などはチェックしていました。

 

- 最新号の“Forever”ですが、金属のプレートを用いるというアイデアは、どのようにしておもいついたのですか?

実はG-SHOCKからなんです。G-SHOCKの時計は世界で最も頑丈な時計と言われていますよね。インデストラクティブル (破壊できないほど強固) だと。だから『VISIONAIRE』の“インデストラクティブル”号を制作しようという話になりました。そこから金属を用いるというアイデアに至ったのです。



以前、Riccardo Tisci (リカルド・ティッシ) と“レリジョン (宗教)”号に取り組んだときに、宗教の図像学についていろいろとリサーチをしたことがあります。カトリックの教会でよく見るたたき込まれた金属について勉強しました。ですので、“金属”を使うというアイデア自体は前々からあったのです。ただ、どういう形で実現させるかがわからなかっただけです。

こういう風にさまざまなアイデアが重なり合って、『VISIONAIRE』はパズルのようにできあがっていくのです。パズルのようです。“金属”のパズルをどう完成させようかと考えているときに、“G-SHOCK”という別のパズルを手に入れて、組み合わせていく。

今回の号のプロダクションは本当に大変でした。アーティストたちに参加して欲しかったのですが、「“インデストラクティブル”号向けにどういう作品をつくってくれますか?」と聞くのは少し変だったというか、あまりポエティックではないですよね。だから発想を少し変えて、「“インデストラクティブル”= 永遠に残るモノ=フォーエバー」という風に考えたんです。“Forever”というタイトルはすごく良いですし、アーティストたちにとってもインスピレーションになります。


KATE MOSS BY MARIO TESTINO

アイコンとなるイメージが欲しかったので、Kate Moss (ケイト・モス) の顔写真をMario Testinoに用意してもらいました。彼女は現代のアイコンで、彼女の顔は世界で最も有名だと言えるでしょう。


PENELOPE TREE BY RICHARD AVEDON (PARIS JAN. 1968)

Richard Avedon (リチャード・アヴェドン) の作品についてですが、これは、彼が1960年代を代表するモデルのPenelope Tree (ペネロープ・トゥリー) にメタルマスクを着させて撮った有名なポートレートです。彼の財団は、これまで彼の写真作品を別の媒体に再プリントさせることを許可してこなかったのですが、今回、めずらしく許可をくれたので、金属に彼の写真をエッチングしました。すばらしい出来栄えだとおもいます。プリントをせずに、点を打ち込んで化学薬品で仕上げた作品になりました。


KARL LAGERFELD, BAPTISTE

ヌード作品も絶対に入れたいとおもっていたところ、Karl Lagerfeld (カール・ラガーフェルド) がヌード作品を提供してくれたんです。彼が夢中になっているBaptiste Giabiconi (バティスト ・ジャビコーニ) のうつくしい白黒写真です。とてもクラシックなイメージだったのですが、金属に打ち込んでみると「ターミネーター」のようになりました (笑) とてもサイファイです。提供してもらったアート作品がどのような形に生まれ変わるのかが事前にわからないというもおもしろいです。Karlの作品は、エイリアンのようでもあり、とても未来的な作品になりました。


LADY GAGA BY INEZ & VINOODTH

Inez Van Lamsweerde and Vinoodh Matadin (イネス・ヴァン・ラムスウィールド & ヴィノード・ マタディン) にも依頼したところ、彼らが大好きなLady Gaga (レディー・ガガ) の写真を送ってくれました。彼らにとって、Gagaは永遠に残る存在で、現代のアイコンでもあります。音楽に関連した作品を含めることは理にかなっています。G-SHOCKは、アートよりも音楽とのつながりの方が強いので。


YOKO ONO

オノ・ヨーコとの作品は、鏡のような作品に仕上がりました。自分自身を見て、プレートに書かれている言葉を自分に向かって読んで初めて、作品が完成するという、とても彼女らしい作品です。いろいろと感じとってください。


STEVEN KLEIN

Steven Klein (スティーブン・クライン) は“タフ”の要素を考えてくれました。今回参加しれくれたアーティストたちとは、不滅性やタフネスについて話し込みましたし、彼らもG-SHOCKがスポンサーだと知っていました。Stevenはタフでセクシーな作品をつくりたかったようです。


GILBERT & GEORGE

ロンドンで活躍するアーティストのGilbert & George (ギルバート & ジョージ) との作品は、硬貨にある女王の写真を模した作品になりました。この写真をCGIアーティストのところに持っていって、それから金属に落とし込みました。


CRAIG MCDEAN

Craig McDean (クレイグ・マクディーン) との作品は、つる草が巻かれたスカルの作品です。先祖から助言をもらう特別な儀式がテーマです。彼は“Forever”について考えているとき、スピリチュアルなレベルで考えていたようですね。とてもシンプルなコンセプトでも、みなそれぞれ全く異なる解釈をするのでおもしろいです。

あと、私はDover Street Market (ドーバーストリートマーケット) が大好きなので、ここで新しい号をローンチできてうれしいです。


VISIONAIRE installation at Dover Street Market Ginza

3/3 ページ: Cecilia Deanが定期的にチェックするNYのアートギャラリーと今後の予定について

- Ceciliaさんにとって、なにか永遠に残って欲しいモノはありますか?

全くありません。

 

- 1980年代後半からファッション業界で働かれていますが、物事は良い方向に進んでいるとおもいますか?

出版に関して言えば、コミュニケーションをする機会はそこら中にあふれているとおもいます。良いことか悪いことかわかりませんが、なにか言いたいことがあったら、だれでも大勢の人に向けて言うことができる。インターネットのおかげでビジネスはより民主的になって良いことだとおもいます。特に、大都市に住んでいない人たちにとっては、情報を集めるために重要です。旅行ができたら良いのですが、せずともたくさんの情報に接することができますよね。もはや当たり前ですが、物事のあり方を変えてしまうほどです。

 

- ニューヨークについてお聞きします。アートギャラリーがたくさんあるとおもいますが、定期的にチェックしているところはありますか?

たくさんありすぎて全部を見ることはむずかしいですね。もちろん、有名どころがなにを展示しているかチェックするのは当たり前ですが、新しいギャラリーが次々とアッパー・イースト・サイドに移っている気がします。収集家兼ギャラリストのAdam Lindemann (アダム・リンデマン) の新ギャラリー「Venus Over Manhattan (ヴィーナス・オーバー・マンハッタン)」や、Marian Goodman (マリアン・グッドマン) の「Marian Goodman Gallery」はすごく良いです。Marianは重鎮です。「Half Gallery (ハーフ・ギャラリー)」や「Haunch of Venison (ホーンチ・オブ・ヴェニソン)」もアッパー・イースト・サイドにあります。

このエリアは新しいギャラリー・エリアになるんだとおもいます。昔からお金がある地区です。対照的に、いまギャラリーがたくさんあるウエスト・チェルシーは倉庫街で、昔はだれも行きませんでした。ギャラリーがアッパー・イースト・サイドに移りはじめているのは興味深いことです。私たちはあまりそのエリアには行かないのですが、これからは行かないといけなくなりますね。

 

- 今後の予定を教えてください。

数年前に「MoMA’s PS1」で「Move!」という展覧会をキューレートしたのですが、それを今年の3月にブラジルに持っていったんです。10万人が見に来てくれました。東京でもこの企画をやりたいです。東京にピッタリだとおもうんです。いまスポンサーを探しています。

あと、Tシャツもつくりたいですね。『VISIONAIRE』は高価で、予約で売り切れてしまうことも多いので、見つけること自体、容易ではありません。Tシャツの方が簡単に入手できますし、かっこ良いモノをつくれるとおもうんです。Karl LagerfeldやNick Knight (ニック・ナイト)、Thomas Demand (トーマス・デマンド)、David Byrne (デヴィッド・バーン)、Inez Van Lamsweerde and Vinoodh Matadin、Thomas Ruff (トーマス・ルフ)、Peter Lindberghなどといった豪華アーティストたちと以前、Lacoste (ラコステ) のポロシャツをつくったこともあります。“ウエアラブル (着用可能)”なアートです。

そういうTシャツをまたつくれたら良いですね。『Facebook』には若いフォロワーがたくさんいますが、彼らには『VISIONAIRE』は高すぎるし、見つけるのも大変です。Tシャツだったら購入のハードルも低いですし、大金を使わずに『VISIONAIRE』ファミリーの一員になれます。


Photography: Takashi Osato @angle management

Cecilia Dean (セシリア・ディーン) / 1991年にStephen GanとJames Kaliardosとともに『VISIONAIRE』を創刊。ファッションとアートを融合させる試みのパイオニア的存在で、ニューヨークを代表するカルチャーアイコン。同誌の創刊前はニューヨークのコロンビア大学にて英文学とフランス文学を学んでいた。1980年代はモデルとしても活躍し、Richard AvedonやMario Testino、Steven Meiselなどと仕事をしていた。現在、Parsons School of Design (パーソンズ美術大学) のコミュニケーションデザイン学部の客員教授も務めている。

VISIONAIRE
URL: http://www.visionaireworld.com