「レースの世界、ことに二輪ロードレースでは、何が起こっても不思議ではない」

 第16戦オーストラリアGPで3位に入ったバレンティーノ・ロッシ(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)が、レース後に発した言葉だ。

 このロッシの言葉が象徴するとおり、今回の決勝はじつに奇妙な展開になった。

 本来なら27周で争われるレースは、タイヤの安全性の問題から土曜午後の協議で26周に減算され、レース中にピットインして別のタイヤを装着したバイクに乗り換える<フラッグトゥフラッグ>ルールが適用されることになった。会場であるフィリップアイランドサーキットの再舗装された新路面が想像以上にグリップが良く、タイヤの保ちは最大でも14周だろうという判断から、この苦肉の策が採用されることになった。

 日曜午前のウォームアップ走行後にもタイヤの状態を分析した結果、前日の決定から再度見直しが行なわれて、総周回数は19周へとさらに減らされた。そして、<フラッグトゥフラッグ>ルールのもとでのマシン交換は、9周目か10周目の終了時に行なわなければならない、ということも決定した。

 日曜午後4時にはじまった決勝レースグリッドは、ポールポジションから順に、ホルヘ・ロレンソ(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)、バレンティーノ・ロッシ、の3名がフロントローを獲得していた。前戦で優勝し、ランキング3番手につけるダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)は2列目5番グリッド。

 ランキング首位に立つ今回のレースでマルケスが優勝し、2番手のロレンソが3位以下でゴールすれば史上最年少王者が誕生する。彼ら2名を含む上記4選手の走りとリザルト次第でその結果が大きく左右されるだけに、<フラッグトゥフラッグ>ルールのもと19周で争われたこの決勝レースは、サーキットにいる全員が、そしておそらくは世界中のロードレースファンがテレビの前で固唾(かたず)を呑んで見守っていた。

 レース開始後、ロレンソ、マルケス、ペドロサの3台がトップグループを構成した。ロッシはそこからやや遅れ、他の選手と4番手争いを繰り広げている。いつもの、見慣れた決勝風景だ。

 9周目に、3番手を走行していたペドロサが最終コーナー手前のピットロード入り口へ向かった。コース上では、ロレンソの直後にマルケスがつけ、緊迫した周回を続けている。

 ロレンソは10周目にピットイン。しかし、マルケスはロレンソと同様にピットロードへ向かわず、そのままコース上を走行してコントロールラインを通過。10周目を完了し、11周目に向かった。

 ひとり淡々とコースを走行するマルケスの姿に、周囲は騒然となった。

 当のマルケスは、その周回、つまり11周目終了時にピットロードへ向かい、新品タイヤを装着したマシンに乗り換えてコースへ復帰した。

 もちろんこれがルールに違反していることは明白で、ほどなくマルケスに対して黒旗が提示され、失格処分となった。

 レースはロレンソが優勝。ペドロサが2位。ロッシが3位に入った。チャンピオンシップポイントは、マルケスが失格の0点に終わったことにより、ロレンソとの点差は18点へと一気に縮まった。

 マルケスにしてみれば、悔やんでも悔やみきれない痛恨の凡ミス、というほかない。

 それにしても、なぜ、このような失策に至ってしまったのか。

「どうしてああいう奇妙な失敗を犯すのか、まったく理解できない」。マルケスがコース上から消えたことにより3位でチェッカーフラッグを受けたロッシは、その原因を以下のように推測する。

「(ピットインのタイミングは)2周しかなくて、前を走るホルヘがピットへ戻っていくのに、なぜついていかなかったのか。それとも、サインボードの表示を見ていなかったのか。自分の場合から想像すると、僕は最初(9周目)にピットインしようと思っていたのだけれども、(アルバロ・)バウティスタとバトルをしている最中だったので、サインボードを見ていなかったんだ。でも、その周回の終わりにバウティスタがピットインしていったから、自分は次の周回でピットに戻った。そういうことが2回、マルケスに発生した、ということなのかもしれないけど......、よくわからないね」

 当のマルケスによると、このピットインはサインボードの指示に従ったもので、そのタイミングも、当初の計画どおりだったという。要するに、マルケスのチームが9周目もしくは10周目終了時にピットイン、というルールの解釈を誤って理解していた、ということらしい。

 レース後、さっさとチームウェアに着替えたマルケスは
「サインボードの<BOX>という表示にしたがってピットに入ったけど、そのときはすでに遅かった」と、やや悄然とした表情で語った。

大いなる勘違い、というほかないこの計画ミスについては
「最大の失敗は、その周回でもOKだと思っていたこと。皆で計画を立てて、(マネージャーの)エミリオ(・アルサモラ)も入れて、3〜4人でプランを練った。だから、これはチーム全体の責任で、誰かひとりを責めるわけにはいかない。ポジティブに考えれば、あのままレースを続けていれば表彰台は獲れていたと思うし、勝てていたかもしれない。今回のことを教訓とし、はやく忘れて次戦の日本に向かいたい」

 ところで、冒頭で紹介したロッシの「何が起こっても不思議ではない」という言葉は、じつはこのマルケスのチャンピオン獲得可能性について言及したものだ。上記の言葉に続いて、ロッシはこんなふうに話していた

「まだ2レースあるから、どうなるかわからないし、何だってありえるよ。ホルヘは諦めずに戦っているからね。マルケスの状況は少し微妙になり、プレッシャーも少し高くなったかもしれないけれども、非常に高い才能を披露している。今後も愉(たの)しみだね」

 今週末、栃木県ツインリンクもてぎで行なわれる日本GPでは、マルケスが優勝し、ロレンソが3位以下で終わるなど、獲得ポイントに7点以上の差がつけば、史上最年少の世界チャンピオンが誕生する。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira