21日、パ・リーグのクライマックスシリーズを制し、東北楽天ゴールデンイーグルスが初の日本シリーズ進出を決めました。星野仙一監督は試合後、永遠のライバルであるジャイアンツの胸を借りてやっつけるとファンの前で宣言。日本一を決する戦いが待ち遠しい人も多いでしょう。楽天イーグルスは、2004年11月2日に創設。プロ野球界に50年ぶりの新球団誕生となりましたが、当時プロ野球選手の間では「何の会社?」という声も多かったそうです。オリックスと合併し消滅した近鉄の元選手25人を含む40人が楽天一期生となりました。「フロントも、現場も、誰もが手探りだった」と振り返るのは、一期生として入団し、昨年引退した山村宏樹元投手。『楽天イーグルス優勝への3251日』の中にはいろいろなエピソードが。たとえば、ユニフォームができる前は帽子も上下のウェアも真っ白の練習着のようなスタイルで練習したり、攻守のサインを一からつくったり。また、移動の新幹線の座席が人数分確保されていなかったり、遠征時の服装がスーツではなく支給されたジーンズだったり、新チームならではの経験をしたそうです。ちなみに、ジーンズというラフなスタイルを提案したのは球団オーナーの三木谷浩史氏。選手の間では楽だと好評だったとか。1年目の成績は、首位と51.5ゲーム差の最下位。歴史的な大敗となりましたが、そんなときも地元ファンは温かかったと山村氏は振り返ります。そして得たものは「チームの結束力」。2年目から指揮官が野村克也監督に代わり、本当の「プロ野球球団」へ。そして、翌年後のエース、田中将大投手が入団してくるのです。現在チームの大黒柱に成長した田中投手に対して、チームメイトはみな「1年目から勝てる」と感じていたといいます。試合後の片付けなど新人の仕事も黙々とこなし、おごったところがなかったという田中投手。食の管理もきちんとしており、野球への探求心も人一倍。今日のような活躍を誰もが予想できたといっても過言ではない新人時代があったのです。野村監督がそんな田中投手を「マー君」と呼んだのは「ちょっとした衝撃だった」と山村氏。その後「マー君、神の子、不思議な子」という監督の名言が飛び出し、選手の間に「マー君が投げると負けない」という意識がさらに強くなっていったそう。田中投手が本来持つ能力に加え、野村監督がマスコミをうまく利用し、チーム内に"田中は強運"という空気を作っていったのだと分析しています。パ・リーグ随一の投手を擁する創設9年目のチームと2年連続の日本一を目指す老舗球団の一戦は、10月26日に楽天の本拠地でいよいよ始まります。
『楽天イーグルス 優勝への3251日 ――球団創設、震災、田中の大記録・・・苦難と栄光の日々 (角川SSC新書)』 著者:山村 宏樹 出版社:角川マガジンズ >>元の記事を見る

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