第31回:おもてなし

秋場所(9月場所)で通算27回目の
優勝を飾った横綱。場所後は、
東京五輪招致決定の朗報とともに
美酒に酔いしれたという――。

 大相撲秋場所(9月場所)では、27回目の優勝を飾ることができました。

 場所前は、決して万全な状態ではありませんでしたが、初日の高安(小結)、2日目の勢(前頭筆頭)、そして3日目の松鳳山(前頭筆頭)と、メキメキと力をつけて手強い相手だと思っていた3人に快勝。幸先のいいスタートを切れたことで、自分なりに手応えを得て、勝ち星を積み重ねていくことができました。

 10日目、関脇・豪栄道との対戦では、相手にうまく攻められて星を落としたものの、1敗のまま、勝てば優勝という14日目の一番を迎えました。相手は、これまで何度も苦しめられてきた、稀勢の里。一度「待った」をされたあと、激しい立ち合いから稀勢の里有利の体勢を崩すと、あとはすべてが"流れ"のままでした。張り手で稀勢の里を前のめりにさせたあと、はたき込みで倒しました。

「よしっ! 勝ったぞ!」

 私は、心の中で叫んでいました。しかし次の瞬間、物言いがついたのです。稀勢の里をはたき込む際に、私が稀勢の里の髷(まげ)をつかんだのではないか、というものでした。

 もちろん、故意に相手の髷をつかんだりはしていません。審判の親方衆がビデオ室とのやりとりの中でどういう判断を下すのか、私は土俵下でじっと待っていました。

 すると、左目のあたりから血が流れてきました。呼び出しさんからタオルを受け取って出血を押さえていましたが、審判団の競技は続いていて、その時間がなんとも長く感じましたね。

 結局、「故意ではない」と判断されて、私の4場所連続27回目の優勝が決まりました。ホッとする一方で、流血の痛みを覚えつつ、稀勢の里が確実に力をつけていることを実感しましたね。

 力をつけていると言えば、11勝を挙げて、殊勲賞を受賞した豪栄道もそうでした。以前にも、このコラムで「期待の力士」として名前を挙げましたが、ますます成長し、大関に最も近い存在と言えるでしょう。

 本人も「大関を狙う」と宣言している、という話を聞きました。そうした前向きで、強気な姿勢が、彼の長所です。それを武器にして、今後のさらなる飛躍を期待したいと思います。

 さて、稀勢の里を破って優勝を決めたあと、支度部屋に戻って鏡を見てみると、左の眉の上がザックリと切れていることがわかりました。報道陣に囲まれて、そのときは「男前が台無しになっちゃったな(笑)」などと冗談を飛ばしていたのですが、次の日になると、腫(は)れが引くどころか、目の周りがまるでパンダのように真っ黒になっていました。視界が狭くなって、日常のちょっとしたことをするのも大変でした。

 その際、頭に浮かんだのは、私の尊敬する双葉山関のことでした。双葉山関は、現役時代に右目がほとんど見えないことを隠し通して、69連勝という大記録を打ち立てました。その偉業を思い出して、私はまだ双葉山関の足もとにも及ばないな、と改めて痛感させられました。

 とはいえ、今場所もさまざまな試練を乗り越えて、優勝することができました。千秋楽を終えて飲んだお酒の味は、格別でしたね。さらに場所前に、2020年の五輪開催地が東京に決まったことも、お酒の味を一層引き立ててくれました。

 私の父は、レスリングのモンゴル代表選手として、1964年の東京五輪に参加していて、続く1968年のメキシコ五輪では、モンゴルで最初のメダリスト(銀メダル)に輝きました。そのため、私は幼い頃から「五輪」という舞台に憧れていました。日本に来て、大相撲の世界に入っていなければ、故郷のモンゴルでレスリングのメダリストを目指していたと思います。

 五輪にはそれほどの思い入れがあるので、日本で開催されることが決まって、心底うれしかったです。大相撲は競技種目にはなっていませんが、私はそのときまで現役でいたいと思いました。それが、新たな目標であり、夢になりましたね。

 東京五輪開催に関しては、招致活動に励んできたみなさんのがんばりがあったからこそだと思います。本当にご苦労さまでした。

 最終プレゼンテーションでは、やはり滝川クリステルさんのスピーチが印象に残っています。「お・も・て・な・し」というフレーズ、あれは良かったですね。

「おもてなし」というのは、やはり日本独自の素晴らしい文化だと思います。来訪者やお客様を、心底歓待するという姿勢、細かい心配りは、私自身、日本に来て初めて知ったことです。一般的には、日本のホテルや旅館のサービスで「おもてなし」は味わえますよね。海外の方にも、それらのサービスの質の高さは知られています。

 もちろん、普段の生活の中でも、日本では「おもてなし」というものを随所に感じることができます。特に地方では、今なお、真心のこもった「おもてなし」というものを感じることが多いです。人間が温かい、というのか、自然とこちらの気持ちをほっこりさせてくれるような接し方をしてくれます。それこそ、本来の「おもてなし」なんじゃないでしょうか。

 実は、相撲の世界でもちょっとした「おもてなし」があるんですよ。

 相撲部屋では、毎朝早くから稽古をしています。そこに、応援してくださる人たちが稽古見学に訪れます。稽古が終わって昼前になると、ちゃんこ鍋を食べる時間になるのですが、そこで我々力士たちが、見学に来た方々にもちゃんこ鍋をふるまうんです。

「朝早くから来てくれてありがとう。これからも見守ってください」という相撲部屋の気持ちが、ちゃんこ鍋には詰まっているんです。そして、みんなで車座になって、温かいちゃんこ鍋を食べれば、心も和んで、見学に訪れた方々はさらに「応援しよう」という気持ちになってくれるんです。

 これが、相撲部屋流の「おもてなし」です。

 余談ですが、ウチの部屋(宮城野部屋)のちゃんこ鍋は、本当においしいんですよ! なかでも、湯豆腐のちゃんこ、塩バターちゃんこは絶品です。湯豆腐のちゃんこって何? と思っている方も多いかと存じますが、それについては、また別の機会に紹介したいと思います。

武田葉月●文 text by Takeda Hazuki