陸上競技のトラックシーズンも終盤になる10月。今年の4月に10秒01を出して一躍注目を集めた桐生祥秀(洛南高)をはじめとする男子短距離勢は、来シーズンへの意欲を高めているところだ。

 10月4日に東京・味の素スタジアムで開催された国体の少年A。8月の世界選手権以来、約1カ月半ぶりのレースだった桐生は、急激に冷え込んだ厳しい条件のなかで、最初の予選を10秒83の予選4組2位通過と周囲を心配させた。

「久しぶりの試合だったから、スタートからの動きが全然できていなかった」と苦笑していた桐生だが、準決勝では10秒42と建て直し、決勝は昨年出した大会記録に0秒01遅れるだけの10秒22と、寒さを考えれば好走といえる結果を残した。

「連覇を狙っていたので優勝できて良かったけど、去年の記録を超えたいという思いもあったから、終わってみると『惜しかったな』という気持ちが出てきましたね」

 こう話す桐生は、8月の世界選手権後からうまく走れなくなった時期があったという。世界選手権のウォーミングアップ会場で見た外国人選手たちの大きな動きが印象に残ってしまい、腿(もも)を上げて大きな動きで走ってみようと考え、感覚が狂ったのだ。

「外国選手とは筋力も違うのにそういう走りをしようとして、力を入れても全然進まないようになったんです。腕ふりと脚の動きのタイミングもバラバラになってしまい、いつもならパンパンパンという音が出る走りが、ドタドタドタという感じになってしまって。自分ではそれが何で悪くなったのかわからなくて悩んだ時もありました」

 顧問の先生に「走りがおかしい」と言われて、いつものようにミニハードルを使ってリズムを重視する練習に戻したのが国体の2週間ほど前。だから国体の目標は「元通りの走りにしよう」というものだった。

 そのため国体ではスタート後から中盤の加速までを意識して走った。決勝はそれができたが、後半以降の意識はまだできていなかったため、若干伸びが足りないような走りになった。それでも10秒22が出たというのは、走りを取り戻した証拠。桐生も安堵の表情を見せていた。

「4月29日に10秒01を出したあとは、『その記録を超えなければいけない』という気持ちがどこかにあったんです。だけど夏を過ぎてから『そういうのは大学に行ってから超えればいい』という気持ちになりました」という桐生の今季は、激動の年だった。一気に注目され、それまでは憧れていただけの大会にもすべて出場することにもなった。

「本当にいっぱいレースに出ましたね」と笑う桐生は、「織田記念の時は体も軽かったので記録を出せたけど、その後はどの大会に向けて調整すればいいのかわからなくて、とりあえず走って10秒1台は出さなければ、という感じでした。でも4月以来10秒0台を出していないので、これからはまず9秒台ではなくて、10秒0台や10秒1台前半をコンスタントに出していって、そこで何かあったら9秒台という感じで行きたいですね」と言う。

 そんな桐生が進学先に選んだのは東洋大だ。ナショナルトレーニングセンターや国立スポーツ科学センターも近い環境。そこで成長したいという気持ちがあったから選んだと言う。さらに同大学には水泳の萩野公介や山口観弘もいる。「世界で戦っている人たちが近くにいるので、それに負けずに頑張りたい」と心を引き締め、9秒台へ向けての道を歩み出そうとしている。

 桐生が出場した国体ではなく、東アジア大会出場を選んだのは100mと200mのエースである山縣亮太(慶応大)と飯塚翔太(中央大)だ。10月7日から中国の天津で行なわれた陸上。寒さはなかったものの、空気も悪く好条件とはいえない大会だった。

 世界選手権の100m予選で右太股裏側の肉離れを起こしリレーを欠場した山縣は、帰国後1週間休んで練習を再開。9月6日からの全日本インカレに出場し、その後は早慶対抗戦に出場してこの大会を迎えた。しかし2日目の100mでは中国の蘇炳添(スー・ビンチャン)と10秒31の同タイムながら、1000分の2秒競り負けて2位に止まった。

「早慶戦の前に腰を痛めたのが誤算だったが、その後はしっかりトレーニングもできていた。海外の試合は結果を残すことに価値があるので、今回の結果はすごく悔しいですね」

 こう話す山縣は今シーズンを振り返って、日本選手権で勝ち、ユニバーシアードでもメダルを獲得したが納得のいくシーズンではなかったという。

「自分が求めるのは順位とタイムがともなった選手なので、それに関しては納得していませんね。速い選手や強い選手は、順位もしっかりとってくるので......」 

 だが東アジア大会3日目の4×100mリレーでは、世界選手権で10秒00を出した中国の張培萌(チョウ・バイホウ)と同じ1走を務めた。外側のレーンを走る張との差を詰めて飯塚にバトンを渡して優勝の足掛かりを作り、肉離れの影響はもうなくなっているところを示した。

「去年はロンドン五輪の肉離れが長引いて冬期練習もあまりできなかったけど、今年は冬の間もしっかりトレーニングを積めそうなので。(100m走も含めた)今回の結果を見て、自分の実力はこんなものなんだというのをしっかり肝に命じて冬期に頑張り、自信を持って来シーズンを迎えたいと思います」

 こう話す山縣はリレー後の記者会見の場で、張が日本の大会に来たがっていることを聞いた。

「そうなれば日本は高速トラックですから。そういうところで自分も負けていられないので、しっかり前に出られるようなレースをしなければいけないと思います」と闘志を燃やしていた。

 一方、飯塚もこの大会の200mでは、ケンブリッジ・飛鳥(日本大)に敗れる2位と悔しさを味わった。世界選手権では準決勝に進出しながらも、走りにくい1レーンで思ったような走りができず、その後の練習には身が入っていなかったと反省する。だが4×100mリレーでは初めて2走を任され、中国をしっかり引き離すと、日本に優勝を引き寄せたのだ。

「チームのキャプテンだったのに個人が悪かったから、(リレーでは)しっかり仕事をしなければいけないと思って気合を入れました。今回の中国は強いメンバーで来たけど、それに力で勝ったというのは、来年のアジア大会や再来年の世界選手権に向けてはものすごくいいことだと思います。最近はアジアで勝てていなかったから、東アジアとはいえそのジンクスを破れたのは良かった」

 3走はケンブリッジ、4走は100m3位の大瀬戸一馬(法政大)でつないだ日本の優勝タイム38秒44はレベルの高い記録。全員が学生で日本学生記録を0秒1更新するものだった。初めて組むメンバーでの結果としては上出来だ。

 そんな希望が持てる成果とともに、個人ではしっかりと課題を見つけた山縣と飯塚。来季は桐生と山縣も200mに参戦する予定で、100mだけではなく200mでの熾烈な競り合いからも目が離せなくなる。

 さらに今後は、日本で開催される国際大会にも中国勢が積極的に参加してきそうだ。日本選手と中国選手が入り乱れての9秒台先陣争いで、男子短距離は大いに盛り上がるだろう。

折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi