日本代表の欧州遠征が始まり、8人のドイツ組も無事に合流している。内田篤人(シャルケ)、酒井高徳(シュツットガルト)、酒井宏樹(ハノーファー)、細貝萌(ヘルタ・ベルリン)、長谷部誠、清武弘嗣(ニュルンベルク)、岡崎慎司(マインツ)、乾貴士(フランクフルト)。現時点で8人全員が所属チームで先発の座を掴んでおり、期待も自然と高まる。

 彼らの所属するチームがリーグ戦で中位から上位をうかがう中で、現在、唯一降格圏にいるのがニュルンベルクである。チームは8戦して未だ勝ちなし。さる8日にはついにヴィジーンガー監督を解任。新監督が決定するまではU−23監督であるロジャープリンツェン氏が指揮をとるという、追い込まれた状態にある。

 日本代表の主将である長谷部はそんなニュルンベルクに移籍期限終了間際に加入した。ブンデス7季目にして初めてとなるこの移籍に長谷部が求めたものは、何よりもボランチでのプレイだった。

 ボルフスブルクでは主に右SBで、チーム事情によってはボランチや攻撃的MFでと、言ってみれば都合良く使われてきた。少々さかのぼるが、マガト監督時代の2011年9月にアウェーで行なわれたホッフェンハイム戦が印象的だった。交代枠を使い果たした81分にGKが退場すると、マガトは長谷部を代役に指名した。ベンチで「ハセ、ハセ」と叫ぶマガトの姿と、引き受ける長谷部の姿は強く目に焼き付いている。

 試合後マガトは「日本人は規律に従うから、長谷部ならやれると思った」と、能力云々ではなく、指示に逆らわないから誰もやりたがらないGKにしたのだと説明した。長谷部はそのコメントを聞き苦笑いをした程度だったが、この出来事は象徴的だったように思う。なんでもやってくれる、どこでもそれなりの質を示してくれる。もちろん長谷部も生き残る道はユーティリティ性にあるということを意識していたかもしれないが、今回だけは「わがままを通そう」、つまり、本職であるボランチにこだわろうと決めての移籍だった。

 移籍先のニュルンベルクは加入した時点で2分2敗とすでに窮地にあった。最初の試合は9月の代表戦があった日本から戻った直後に行なわれたブラウンシュバイク戦。準備期間は3日ほどしかなかった。だが、長谷部はすでにチームの中心にいた。選手はボールを持てば長谷部を見るし、長谷部がボールを持てば動き出す。ボランチでゲームを組み立て支配する役回りを自然に引き受けていた。

「今日もセカンドボールを拾えていたのも、拾えないのもあった。中盤を落ち着かせるところをやってかないといけないと思う」とデビュー戦を冷静に振り返り、新たな課題を口にしている。

「ボールを持った時はいいんですけど、守備の部分だったり、球際だったりで、やはりあのポジションだったら75パーセントくらいは勝たなきゃいけない。こっちではツバイカンプフ(1対1での競り合い)と言いますけど、ドイツでボランチをやるからにはそこが自分の課題。そこをもっともっと求めていきたいし、小さいミスもなくしていかなきゃと思う」

 守備的なタイプのボランチと組んで攻め上がることよりも、いかにチームを落ち着かせるか、中盤の底で戦うことで安定感を持たせられるかという点を自分に求めている。若い日の、もしくは代表で見せる長谷部のボランチ像と、長谷部がニュルンベルクで取り組もうとしているそれとは、少々違うのかもしれない。

 キャプテンシーという点でも、周囲は自然と頼りにする。小競り合いが起きれば長谷部が仲裁に行き、審判との間にも入る。言葉ができるということもあるだろうが、例えば同僚の清武弘嗣などが買って出る役回りではない。加入直後のブラウンシュバイク戦では中途半端なタイミングで審判に食ってかかり警告を受けたが、その後はスムーズに調整役を務めていた。

「このチームは若い選手と経験ある選手がいて、中堅があんまりいないという感じなので、やはり経験という部分でチームに還元していかなきゃいけない」

 ベテラン寄りの中堅として、一役買うという覚悟ができている。

 ボランチにこだわるのは、それが彼自身の好きなポジションであるということだけが理由ではない。日本代表での活躍を期していることは明白だ。これまで別のポジションでプレイすることで失っていた感覚を少しずつ取り戻し、来年のW杯に備えようというのである。未だその手応えを長谷部が口にすることはないが、今回のセルビア戦、ベラルーシ戦で、何か片鱗を見せてくれれば、と思う。

了戒美子●文 photo by Ryokai Yoshiko