「準備期間もオリンピックにかかりっきりだった」と苦労を語るダニー・ボイル/Photo by Shu Tomioka

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『トレインスポッティング』(96)、『スラムドッグ$ミリオネア』(08)、『127時間』(10)など、スタイリッシュかつ革新的な作品を次々と送り出してきたイギリスの名匠ダニー・ボイル監督。昨年はロンドンオリンピック開会式の演出を担当するなど精力的に活躍する彼の最新作『トランス』が10月11日(金)に公開される。本作は、盗まれた名画を巡って、記憶喪失の男の失われた時間をたどる予測不能なサスペンス。その撮影の裏側をダニー・ボイル監督自身に語ってもらった。

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「『トランス』は一見すると絵画強盗の話に見えるかもしれないが、真のテーマは“盗まれた記憶”にある」と明かすダニー・ボイル。劇中の“人間は記憶の連続体”というセリフにも現れているように、「感じたことや行動したことの記憶で人間は成り立っていて、自分を保持できるのは“記憶”があるからこそなんだ。“心”というのは、映画にとって最高の題材だよ」と、映画のアイデアを教えてくれた。

本作は、夢と現実の境目がわからなくなる感覚に陥り、改めて妄想や錯覚の力を強く感じられる点が特徴といえる。監督は、同じく人の記憶を扱った『メメント』(00)や『エターナル・サンシャイン』(04)もお気に入りというが、「悲惨な犯罪からもわかるが妄想や錯覚はものすごい力を持っているものなんだ。錯覚が持つ力は計り知れないよ」と、人間の“記憶”が興味深いテーマであることも強調。また、キャスティングについても「私は役者のデータを図書館のように収集していて、その中でも予想外の人を起用する。そういう意外性が好きなんだ。新たな発見というおまけのスリルがいい」と、独自の理論を展開した。

また、躍動的な映像とポップな音楽使いに定評がある監督に対し、映像と音楽の調和について尋ねると、「基本的に物語を進めるのは役者の演技。そこに映像や音楽をうまく調和させていくんだ。いや、調和だけじゃなくあえて不協和音を作り出し、意図的に観客の気を散らしたりもするね。時に音楽は、こういう効果で生き生きとした雰囲気を醸し出せるんだ」と語る。一方、音楽を効果的に使った代表例として、デヴィッド・リンチやマーティン・スコセッシの名を挙げて説明を続けた。「彼らは、映像と音楽をこれまでとは違った予想外の使い方をして観客を驚かせた。それまでは音楽が使われていても記憶に残るような使われ方ではなかった。これこそ近代映画だと思っている。映画と音楽を見事に結びつけ、戦後最大の文化的な功績をもたらした、このすばらしい伝統の中に自分が身を置いていることに誇りを感じてるよ」と、音楽への自身のプライドを覗かせていた。

本作の編集をしたのは撮影の半年後、ちょうど演出を務めたロンドンオリンピックの開会式が終わってからだったという。「準備期間もオリンピックにかかりっきりだったから、映画のことをすぐには思い出せなかったんだ。これには参ったよ。撮影が終わった時は忘れるはずないと思ってたけど、それくらい複雑な物語だからね。でも新鮮な目で見直せてよかった」と、大変だった完成までの道のりも話してくれた。

興味深いテーマ、意外なキャスティング、観客を惹きつける映像と音楽。まさにダニー・ボイル監督の真骨頂といえる『トランス』。予想を裏切る展開に最後まで目が離せないはずだ。【Movie Walker】