このコラムは、大袈裟なネタではないけれど、知っているとちょっと自慢できる「あの街の歴史エピソード」を紹介します。第12回は、東京都中央区の銀座です。

■大火、震災、戦争をくぐり抜けて発展を遂げた、日本屈指の繁華街

東京を代表する街、銀座。デパートや高級ブランド店、話題のファストファッションのビルも並び、観光客も多く訪れます。賑やかながらどこか品のある街並みは、古くから多くの人を魅了してきた歴史と誇りを感じさせます。では、銀座の街の発展の歴史を、簡単に振り返ってみましょう。

「銀座」という街の名は、江戸時代、銀貨の鋳造所とその管理を行う役所があったことに由来するそうです。正式な町名は新両替町と言いましたが、通称で銀座と呼ばれ、明治時代にそれが正式な地名になりました。繁華街として発展し始めたのは、明治に入ってから。明治5年の大火後に、火に強いレンガを使った、西洋風の華やかな街を作る計画が始まったのです。同じ年には新橋、横浜間の鉄道が開通。商業の中心地となった銀座には、新聞社も多く集まりました。

ところが大正12年、銀座は関東大震災に見舞われ、レンガ街は、がれきの山になってしまいます。震災後には、耐震を考え、鉄筋建てのビルが増えます。松坂屋、松屋、三越といった有名デパートも、このころ銀座に進出しました。カフェやバー、ダンスホール、「銀ブラ」という言葉が流行したのもこのころです。

昭和に入り戦争の影が濃くなると、銀座も影響を受けるようになります。さらに空襲により、またも街は大部分が消失。しかし戦争が終わると、銀座は再度復興します。少し時間はかかりましたが、飲食店やデパートが建てられ、街は徐々にかつての賑わいを取り戻していったのです。

■日本各地に「○○銀座」が存在する理由は?

現在、日本各地で「○○銀座」と銀座の名を借りた商店街が見られますが、これはなぜでしょうか。まずは、銀座が昔から有名な繁華街であるため、その人気にあやかろうとする街が多いことが考えられます。日本で初めて銀座の名前を商店街につけたのは、品川区にある「戸越銀座」商店街なのだそうです。ただ銀座人気にあやかろうとしたのではなく、関東大震災の際の銀座のがれき(レンガ)を運んで街を作ったという由来があります。これ以降、日本中で、銀座の名を商店街や通りにつける街が増えていったという背景もあるようです。

文●高倉 都(エフスタイル)

【参考】『むかしまち地名事典』(森まゆみ著、大和書房)

中央区観光協会:

戸越銀座商店街: